63 勉強をいたしましょう(5)
その日から、剣様は私に試験終わりまでの生徒会室への入室を禁止した。
それだけではない。
1日の睡眠時間や勉強時間まで決められてしまった。
守らなくても剣様に伝わる事はない。
けれど、剣様との約束を、守らないなんていう選択肢は私にはなかった。そしてそれはきっと、剣様も解っている事なのだ。
仕方がない事だと思う。
目の前で倒れてしまったんだもの。
せめて時間が許す限り勉強をして、ベッドに入る。
明日はやっと試験最終日。
試験を3つ受ければ、やっと1週間ぶりに生徒会室へ入れる。
……そう、それはつまりもう1週間も剣様と会ってないない事を意味していた。
ベッドの上。
いつものようにタブレットに映した実物と同じ大きさの剣様の顔と、剣様からもらった試験のポイントメモに顔を近づける。
いつの間に、こんなに贅沢になってしまったんだろう。
写真とメモに、沢山のキスを贈った。
剣様とあのベンチで出会う前は、剣様と直接会う事なんて無かった。
顔を見ない日も沢山あったけど、同じ学園の中にいるというだけで十分だった。
気配を感じるだけで、心が満たされた。
けど、今は。
顔が見たくてたまらない。
ベッドの上に丸まって、涙を堪える。
「剣様…………」
我慢しきれず息も絶え絶えに床を這う様に歩くと、キャビネットの奥にしまっておいた、剣様からもらったメモの原本を取り出す。
「剣…………様…………」
額に入れてある。
だって、大事だから。
剣様が私の事を思ってくれたものだから。
床に座り込み、その額を抱き締めた。
すぅっと息を吸い込む。
こんなにも剣様が恋しい。
少しでもあるかもしれない残り香を身体の中に取り込みたかった。
「剣様剣様剣様剣様」
何で苦しいの。
ただ好きなだけなのに。
ただ好きでいられるだけでいいのに。
ポタポタと、膝の上に涙が落ちる。
こんな苦しい気持ち、口の中に手を入れて、引きずり出してしまえればいいのに。
少し会えないだけなのに。
翌日、試験終わり。
生徒会室への入室制限が解かれて、生徒会室へ向かう。
寝不足や頑張りすぎの辛さがもう顔に残ってはいないようにと、頬をゴシゴシと擦る。
こんな理由で休まされたなんて、ちょっと気恥ずかしい。
社長室のような扉の前で。一瞬躊躇するけれど、その取っ手に手をかけた。
ガチャ。
静かな音がして、扉が開く。
「おや」
最初に声を上げたのは小節先輩だった。
「試験お疲れ」
チョコチョコと寄ってきた菖蒲先輩と杜若先輩が、シンメトリーで奈子に軽いハグをする。
「今日は顔色は悪くないみたいね」
「心配したのよ」
目の前の会長の席では、剣様がツンとした顔で、
「馬鹿な子がやっと帰ってきたわね」
と言う。
剣様だ…………。本物の。
菖蒲先輩と杜若先輩にシンメトリーに覗き込まれ、この大事な仲間達にこれだけの心配をかけてしまっていたんだと、そこでやっと実感した。
「すみません……」
申し訳なく思うものの、少し照れ臭くもあった。
試験の結果、奈子は学年で16位だった。
流石に1位……ううん、10位以内も無理だったか……。
「頑張ったじゃないの」
と、剣様はため息混じりに褒めてくれる。
「ちょっと悔しいです」
確かに悔しかった。
この順位は、生徒会の仲間達の教え方の上手さが多大に貢献している。
私さえ無理せず、生徒会室で勉強できていたなら、もっと上を狙えた順位だ。
「向上心はいい事だな」
学年2位の小節先輩がドヤ顔で言う。
「打ち上げしないとね」
と学年6位の杜若先輩が言えば、
「美味しいもの食べましょう」
と同じく学年6位の菖蒲先輩が言う。
ちょっと照れた顔で、
「はい」
と返事をする。
学年1位の剣様が、フッと若葉の様に笑った。
試験もこれで終わりです!