62 勉強をいたしましょう(4)
「ん…………?」
なんだか、寝心地がいつもとは違う。
いったい、私はどうたんだっけ?どこで寝ているんだっけ?
そもそも、眠っていたという事でいいんだっけ?
目が覚めたという事は、眠っていたに違いないけれど。
眠る前の事がどうしても思い出せない……。
そんな事を思いながら、ゆっくりと目を開けた。
けれど、不快感はそれほどない。
むしろ、緩やかな柔らかさとほのかな温かさを感じていた。
天井が見える。窓の外は晴れている。
ううん。
そんな事より。
緩やかな起伏と、誰かの顔が見える。それも下から。
これって……、誰かの膝枕?
そう気付くと、ふっと眠る前の……、というよりも気を失う前の事が思い起こされた。
そうだ。
私は気を失ってしまったんだ。
真穂ちゃんがあんなにも声をかけてくれたのに。
確かに目の前に見えるのは女生徒だ。
その子に膝枕されているんだ。
そういえば、頭の下が、柔らかく温かい。
頭に手が添えられている感触がある。
膝の上はそれほど寝心地がいいとは言えないけれど、この安心感は何ものにも変え難い。
命の恩人の顔を一目見えないかと、ぼんやりと上を見ていると、サラリとした長い黒髪が目に入った。
………………え。
まさか。
誰か嘘だと言ってくれと言わんばかりの気持ちが芽生える。
けれど、そうなんじゃないかと思えば思うほど、それは確信に満ちていく。
鼻をくすぐる夏の梢のような香り。
添えられた手は指が長く、ツヤツヤとしている。
「つ……」
声に気付いて、顔を覗かせたのは、剣様だった。
「剣……様……」
あまりの状況に、顔が真っ赤になる。
剣様は、眉をひそめた。
「あなた、まだ顔色が悪いわ」
私が……!私なんかが剣様の柔らかな太ももに頭を乗せるなんて……!
慌てて起きあがろうとすると、添えられた手に制止された。
「ダメよ。保健室に人を行かせてあるから、お迎えが来たら保健室に移動しましょう。それまであなたはここ」
そんな……!
だって!だって、この状況はあまりに暴力的だ。
何と言っても、剣様の太ももと、この目の前の包容力はありそうなほどほどの胸に挟まれているのだ。
すぐ横には剣様のお腹が……!
「剣様……!が、助けてくれたんですね……」
混乱しながらも、目の前の光景からわざと意識を逸らすみたいに会話を続ける。
「そうよ」
剣様が呆れた声を出した。
「声を掛けようとしたら、目の前で倒れるんですもの。びっくりしたわ」
「ありがとう……ございます……」
「見たところ、頭は打っていないと思うけれど、異変があったらすぐに言うのよ」
「…………はい」
剣様の顔は、そっけなく窓の外を見る。
どうやら倒れた場所にそのまま寝かされているらしい。
剣様の優しさに、胸がキュンとする。
そして。
もぞ……と頭の下にある剣様の太ももが柔らかく動く。
どうしても、その存在で頭も身体もいっぱいになる。
うああああああああああん。
そして、そんな下心でいっぱいになってしまう事に対して、私は、申し訳なさでいっぱいになるのだった。
また気を失いそうな興奮がですね……。