61 勉強をいたしましょう(3)
「…………」
朝、教室で勉強に熱中しすぎて、朝川奈子は真穂ちゃんがじっと見下ろしている事にしばらく気が付かなかった。
「奈子」
「……え?」
顔を上げたところで、真穂ちゃんがドン引きする。
それというのも、私の顔がひどかったからだ。
目の周りは、クマ、というより全体的に赤黒く、どんよりとしている。
腕の下には、汗でしわしわになった数学の参考書。
「いつから勉強してるの?」
「えっと……始発で来て、5時半くらいかな」
「よく学校開いてたわね」
真穂ちゃんが、呆れた声を出す。
「とにかく、今日はもう保健室に行きなさい」
「…………え?」
どうして?と思う。
毎日試験勉強を続けてきて、やっとここまで来た。
試験まであと4日。
試験自体完成しているであろうこの時期に、授業中に「試験に出るぞ」的な話があるかもしれないこの時期に、授業を休むわけにはいかなかった。
「私には、やらなければならない事があるの」
ピシッと言い放つ。
まあ、端から見てピシッと出来ていたかはわからないけれど。
ぼんやりとする。
曇り空の今日は、気温は高く、蒸し暑い。
「そんな顔で倒れても知らないわよ。何かあったらちゃんと連絡して」
真穂ちゃんはすっかり呆れたようだった。
それから、5時間後。
なんとか、授業をこなす。
とはいえ。
鏡を覗いた、向こう側に見える顔は、思いの外酷いと自分でも思う。
……今日は、早めに帰らせて貰おうかな。
私としても、生徒会メンバーに心配させるのは本意ではない。
もう、人もまばらな高等部の廊下。
鏡を鞄にしまい込み、歩き出す。
…………あれ?
足が、思ったより進まないな。
手も、思ったより動かない。
思っているよりも、どうやら弱っているらしい、という事にここでやっと気がついた。
とはいえ、優しい真穂ちゃんだって、今日は部活もなく帰ってしまったはずだ。
こういう時に役に立つのはどちらかというと保健室だろう。
この学校には、中等部1階に、大きな保健室が備え付けられている。
どうしてそれが高等部ではないかというと、中等部の校舎の方が体育会系の部活が揃うクラブ棟に近いからだ。
高等部と中等部の間の廊下を行けば、すぐに保健室だ。
大丈夫。
一人でも。
冷や汗が、頬を流れる。
大丈夫。
まだ試験までは日があるから、少し休めば。
鞄の中に大事にしまい込まれている剣様からもらったポイントメモを思い出す。
実際には、元の手書きのものは家の自室に保管してあるので、鞄に入っているのはそのコピーだ。
保管用と、自室の額に入れておく用、寝る時に抱きしめる用に、勉強で使う用、お守り用、と何枚ものコピーを取った中の1枚だ。
剣様が書いた文字だというだけで、その紙に書いてある事はすっかり覚えてしまった。
剣様の労力を無駄にしたくない。
剣様に認めてもらいたい。
剣様に私を見てほしい。
けれど、普段平均ど真ん中の人間が、頑張ったところでそう上手く出来るものでもない。
あ………………。
声を上げる間もなかった。
その瞬間、目の前が、まるで電源が落ちるようにサッと真っ暗になった。
家でも、勉強とか剣様関連のまとめとか、忙しくしているんでしょうね。