60 勉強をいたしましょう(2)
勉強を始めて4日目。
それは木曜の放課後だった。
いつも通り足早に生徒会室へ向かう。
梅雨らしい雨が降る日だった。
生徒会室へ入ると、中にはツンと澄ました顔をしている剣様が会長机に座っていた。それは文字通り、会長机についている社長のような椅子に座っているわけではなく、机に寄りかかっている……寧ろ机に座ってしまっているという事だ。
あれ?
勉強を始めて一昨日、昨日と、奈子は一番乗りで生徒会室に足を踏み入れていた。
それは、1年生と2年生では、少しだけ生徒会室が近いからなような気がしていた。具体的には、階段1階分だ。
けれど今日は剣様がいる。
つい、ドキドキしてしまう。
顔を見る事にも言葉を交わす事にもかなり慣れたような気がしているけれど、こんな不意打ちには弱い。
狭い部屋。二人きり。
「お、はようございます……!」
声が裏返る。
けれど、そんな事お構いなしだという風に、剣様は、
「おはよう。朝川、来てちょうだい」
と私を呼んだ。
「はい」
スチャ、と剣様の目の前に立つ。忠実なドーベルマンかというように。少佐に呼ばれた兵士のように。
「あげるわ」
と、剣様がそっけなく言う。
剣様が差し出しているのは数枚の紙だった。レポート用紙5枚ほどの、あっさりしたものだ。
一瞬生徒会資料かと思ったけれど、どうやら違うらしい。
『英語』
え?
『S+V+C 補語の見分け方』
と書いてあり、その下には表や矢印を使い、そのポイントが書いてある。
これって……テストの重要なポイント……。
それも、それは間違いなく剣様が書いた文字だった。
選挙の手伝いをしている時、幾度となく見た文字だからわかる。
そんなポイントをまとめたものが、全教科分全て書いてあった。
私が苦手な数学の公式まで、細かく書いてある……。
「剣様……これって…………」
潤んだ目で顔を上げると、剣様は少し困った顔で、
「暇だっただけよ。普段から勉強をちゃんとしていれば、試験前はそれほど必死にならなくてもいいのよ」
と応えた。
じゃあ、この3日、勉強してたわけじゃなくて……。
私の為に、これを作ってくれてたんだ……。
「つるぎさまぁ〜〜〜」
頬を伝う涙が、もらった紙を濡らさないよう気を付けながら、叫ぶ。
「ありがとうございます〜〜〜〜〜〜」
「大げさ」
「額に入れて飾ります〜〜〜〜〜〜」
手を伸ばしているわけでもなく、縋りついているわけでもないが、剣様がこちらへシッシッと手を振った。
「普通に試験勉強に使って頂戴」
コピーしてコピーしてコピーしなきゃ。
いそいそとクリアファイルに挟み込む。
「もうほんとに、」
そう言う剣様は本当にうっとおしそうに言ったけれど、頬は赤く染まっている。照れているのだ。
「気持ち悪い子ね」
じわじわと恋愛っぽくなってきましたかねぇ。