59 勉強をいたしましょう(1)
私、朝川奈子は、教室で教科書を眺めながら、じっと考え事をしていた。
もうすぐ、期末考査がある。
大体、梅雨の時期に試験勉強をして、梅雨が開ければカラッと晴れていざ夏休みという寸法だ。
確かに梅雨の時期は、それほど外に出ようという気も起きなくて、勉強には最適。
私も、別に成績は悪くはないのだけれど、平均も平均なのが私だ。
これは……困った。
剣様はもちろんいつだって学年1位。
だけでなく、副会長の小節先輩は基本的に学年5位以内。前回、前々回に至っては、学年2位をキープしている。
杜若先輩と菖蒲先輩は、基本的に学年10位以内。
100人そこそこの人間の中で、10番以内だってかなりすごい。
私はといえば……、高等部初めての中間考査は42位。
生徒会に入ったからには、この順位はヤバい…………。
先生が、黒板に試験範囲を書いていく。
ノートに書き写す学生達のペンを走らせる音がする。
緊張が、身体の中を走った。
その日から、奈子は、生徒会室に参考書を大量に持って入った。
数学に、歴史、英語……。教科書も入れれば、実に20冊以上だ。
これを……試験までの2週間みっちりやれば、私だって……。
生徒会メンバーの反応はまちまちだった。
杜若先輩と菖蒲先輩は、作業机の場所を空けてくれながら、
「すごいやる気ね」
とシンクロした声で微笑んでくれた。
小節先輩は、わざわざ立ち上がると、
「負けられないなぁ」
と眼鏡をクイクイしてみせる。
そして肝心の剣様はというと、……特に何の関心も示さなかった。
チラリと本を抱えた私を一瞥しただけだ。
…………やっぱりこれは、結果を出すしかなさそうだ。
結果を出せば、きっとこっちを見てくれるから。
実際、生徒会室での勉強は思った以上に上手くいった。
試験前というだけあって、生徒会にはあまり問題が持ち込まれる事がなかった。
みんな真面目に勉強するタイプなので、それぞれがそれぞれの場所で、勉強に取り組んだ。
杜若先輩と菖蒲先輩は作業机の近い席に座ってくれたし、小節先輩は離れた席でなんだか派手に勉強していた。
派手に勉強をしていたというと、なんだかおかしな感じだ。
特に小節先輩が、鼻歌を歌いながら勉強していたとか、音楽を聴きながら勉強していたとかいうわけではないので、余計におかしい。
ただ、気付けば鼻をフンスフンス鳴らしていたし、問題でハッとした部分があればあからさまに顔に出た。とにかく存在自体が煩いという事だ。
剣様は相変わらず会長の席で、書類作業でもするように座っていた。
静かな時間は居心地が良かった。
…………あれ?
ここ、公式あったんだっけ……。
参考書を探しにかかったところで、小節先輩がザッと立ち上がる。
「!?」
オールバックをスッスッと撫でつける小節先輩なのだけれど、驚いた事にその小節先輩に注目したのは奈子だけだった。
くにくにとした歩調で向こう側から歩いてくる。
驚く奈子の目の前まで来て、眼鏡クイッを披露すると、
「何か困ってるんじゃないか?」
と声をかけてくれた。
小節先輩や、杜若先輩、菖蒲先輩は面倒見がよく、なんでも教えてくれた。
幸せだった。
剣様と同じ空気を吸いながら勉強するだけで、いつもより勉強も捗る気がした。
目が合うわけじゃないし、話が出来るわけでもない。
ただ、みんなで勉強しているその空間が、私にとっては宝物なのだ。
生徒会はいい人ばっかりですね〜。