58 お願いごと(2)
心臓が、バクバクいっている。
手が震える。
震えるけれど、その震える手で傘を開いた。
隣に立つ剣様が近くて、近すぎて、顔を見上げる事も出来ないまま、私が差す傘に剣様が入ってくる。
剣様剣様剣様剣様剣様剣様。
怖い。
こんな事が起こるなんて怖い。
ゾクゾクする。熱でもあるんじゃないかってくらい。ゾクゾクする。
雨はほどほどに強くて、傘がないと困ってしまうくらい。
けど、そんな土砂降りでもない。
二人で傘を差して歩くには、本当に申し分ない雨だ。
私よりも背が高い剣様が、濡れないように傘を剣様の方へ傾けた。
心臓が掴まれて、支配されている感覚。
剣様の隣、もう、自由に動く事なんてできない。
その息の一つ、この10センチほどの距離の熱に、意識をやる。
「つ、剣様は、」
言いかけて、変に声が裏返ってしまった事に慌てる。
慌てて、言い直す。
「剣様は、今日はもうお仕事、よかったんですか?」
すると剣様は、ふっと空の方を見た。
「いいのよ。今日の問題はあの子達が片付けてくれるわ」
生徒会の仕事の半分は、確かに部活の管理といっても良かった。
生徒同士やクラス毎の問題が、突然生徒会に降り掛かる事は少ない。
けれど、部活の問題は別だ。
生徒達が部活の問題でまず相談に来るのはこの生徒会なのである。
体育館の使用時間の話や、騒音問題、言い争い、やりたい事があった時の申請などなど。
それが今日は、会議という形で他の3人が請け負ってくれているのだから、今日は会長である剣様も時間ができたという事だった。
それほど長い時間じゃなかった。
爽やかな並木道を10分ほど歩けば、すぐに駅だ。
小さいながらも趣があるその駅を、学生達はみんな気に入っていた。
剣様剣様剣様剣様。
「ああ、朝川」
剣様が呆れたような声を出す。
「はい!?」
素っ頓狂な返事になった。
「あなた、肩が濡れているわ」
剣様がこちらを見るだけで、ビクッと身体が反応してしまう。
「き……っ、気がつきませんでした!大丈夫です!ちょっとブラウスの袖が濡れただけなので……!」
本当に気がつかなかったのだ。
あまりにも緊張しすぎて。
それに、剣様を雨から守る為なら、私などどれだけ濡れてもそもそも構わなかったのだ。
剣様の方を見れもせずに硬い笑顔を作ると、耳元に、剣様の息がかかった。
え……?
そして剣様は、私の耳元でこう囁いた。
「どうかした?緊張しすぎじゃないかしら」
あ……あ………………。
その瞬間、私の顔がかぁぁぁぁっと真っ赤に染まった。
もう取り繕う事もできなかった。
耳まで真っ赤に染まった顔のまま、駅の改札口で止まる。
剣様はすっと傘から抜け出て、
「じゃあ、ここまでね」
と、一人でスタスタ改札を抜け、行ってしまった。
一人取り越される。
心臓は、変わらずバクバクと音を鳴らす。
傘を流れる雨の雫みたいに、頬から涙がポロポロと流れ落ちた。
いつになくラブな話ですね〜。