57 お願いごと(1)
「剣様!」
床に手をつき、頭を下げる。
「却下」
そんな私にくだされた、剣様による却下の判決は早かった。
「まだ何も言ってません!」
「ろくでもないお願いだからに決まってるからよ」
「聞かないとわからないじゃないですか」
そこで、呆れる剣様が、ため息を吐きながら頬杖をつく。
まるで何処かの社長でも座っていそうな大きな会長椅子に、ギュッと力が入る。
生徒会室には、珍しく二人きりだった。
他の3人は、クラブ会議に出ていた。高等部の部活の部長が勢揃いする会議だ。
予算や活動場所の決まり事、部活同士の悩み事なんかを話し合う場だ。
そんなわけで、後に残された二人は、少し時間が持てたという事だ。
正座に座り直し、剣様を見上げる。
コホン、ともったいぶるような咳払いをしながら、少し照れた奈子は言う。
「キス、してください」
「しないわよ!」
一蹴だった。
床に座ったまま、剣様をぽかんと見上げる。
こんな調子で、貰えるはずのご褒美は保留になったままだった。
けれど、しょうがないじゃないか。
いざ、この美しい奇跡のような顔を見上げると、触りたいし!口付けしたいし!ひざまずきたいし!
そんな希望ばかりで頭がいっぱいになってしまうのだ。
この人は知っているんだろうか。
今でも私がこの人と目を合わせただけで、止まったような時間の中、この世界がこの人でいっぱいになってしまう事に。
しょうがないじゃないか。
好きなんだから。
いつだって好きなんだから。
ぼんやりとしていると、トッ……トッ……と、雨が窓を叩く音がした。
梅雨に入ってから、天気はあまり良くない。
今日もどんよりとした天気だったけれど、いよいよ雨が降ってきたらしい。
「剣様は、傘、持ってきてますか」
「ええ」
会話を膨らまそうなんて微塵も感じられない、そっけない返事。
「私も持ってきてます。赤いチェックの傘なんです」
「……それで?」
「相合傘で、帰ってくれませんか?」
「聞いていた?私、傘は持ってきたって」
そこで、剣様はやっと、私の方を見た。
私の方を見て、言葉をなくした。
それは、私があまりにも悲しそうな顔をしていたからかもしれないし、あまりにも捨て犬のような空気を醸し出していたからかもしれない。
とにかく、剣様は黙ったまま、じっと私の顔を見ていた。
視線が合うと、心臓が掴まれたような気持ちになる。
「ご褒美はそれで……、お願いしたいんです」
泣きそうになる。
剣様が、私を見ている。
剣様は、パッと視線を外すと、諦めたようなため息を一つ吐く。
「いいわ。一緒に帰りましょう。ただし、駅までよ」
「私、家までお送りします!!」
言うと、剣様は呆れた顔で口を歪めた。
「傘は持ってるし、この雨の中あなたを余計に歩かせるわけにはいかないわ」
そのまま立ち上がる。
「じゃ、行くわよ」
心臓が、トクン、と鳴った。
「はい!剣様!」
なんだかんだで仲良くなってると思うんですよ。