53 初仕事(1)
英語スピーチコンテストの日は、流石に生徒会は忙しい。
「こういうイベントの生徒会なんて学校の雑用係よ」
なんて剣様の言葉がこだまする。
確かに、文化祭なんかの生徒主体のイベントなら生徒が集まってイベントを作っていくけれど、スピーチコンテストの様な学校主体のイベントは、生徒会が雑用係となって運営される。
やる事は単純。
とはいえ、生徒会に新しく入る者にとっては、毎年これが初仕事になるのだ。
私も当日は、思った以上に忙しい。
来賓の席次おーけー。
椅子の準備おーけー。
昨日並べておいた生徒用の椅子の数も問題なし。
小節先輩は、手のひらサイズの小さなカメラで写真を撮りながら、責任者をやっている。
杜若先輩は案内係として外の受付に居るし、菖蒲先輩は先生とのパイプ役であっちこっちへ呼ばれては飛んでいっている。
剣様は登壇の準備がてら、受付の手伝いをしているようだ。
なので、会場の準備は私の仕事。
会場には私一人だけ。
備品に不備があれば、私の責任になってしまう。
「マイクテスト。マイクテスト。あー。あー」
マイクもよし!
そうこうしているうちに、菖蒲先輩からスマホに連絡が入る。
「登壇者いれる時間だけれど、大丈夫?」
「はい!大丈夫です!」
いよいよだ。
舞台袖で、スピーチをする数名が並ぶ。
その真ん中あたりで、剣様が澄ました顔で立っている。
「あれ?一人足りない……」
「2年2組の川本さんがいないみたいね」
と、菖蒲先輩の落ち着いた声が響いた。
手元のプログラムを確認する。
剣様のすぐあと。
確かに川本さんの名前で、『異文化コミュニケーションと文化の保護について』なるタイトルが書かれている。
「わ、私、ちょっと教室見てきます!」
弾けるように言ったのは奈子だった。
「朝川」
今にも飛んで行きそうな奈子を、剣様が呼び止める。
「剣様」
「大丈夫だから、慌てないで行きなさい」
「……?……はい」
何を言われているのかわからなかったけれど、廊下を走っていて、ふと気づく。
あ、私、ずっと急いでいたから、気持ちが慌ててしまってるんだ。
胸に手を当てて、深呼吸をする。
もう……っ!剣様はもう……っ!
そんな風に見ていてくれているのだと思うと、仕事中にも関わらずキュンキュンしてしまうじゃない。
とはいえ、どうやらもう大勢の生徒達とすれ違うような時間ではあるらしい。
早足で、2年2組の教室へと向かう。
「すいません」
生徒会ではあれど、上級生の教室は少しだけ緊張する。
できるだけ丁寧に、教室のドアを開ける。
静かな教室。
けれど、まだ一人だけ残っている人がいる。
「川本先輩、ですか?」
「あ、はい」
座っている机の上には、開きっぱなしの英英辞典。
それに、転がった消しゴム、ばら撒いたように見える数枚の紙。
おまけに、こちらを見た川本先輩は、半泣きでシャーペンを握りしめていた。
嫌な予感がするには、十分だった。
人数が足りなそうなんだけど、奈子ちゃんが5倍働きます。