48 返してもらおうか(4)
生徒会室の、まるで社長室の様な扉の前。
「姫野先輩……」
声を掛ける。
「私、もうファンクラブにはいられません」
姫野先輩の、恨めしいとでも言うような目が、こちらを向いた。
「ごめんなさい、姫野先輩。今まで、ありがとうございました……」
姫野先輩は、そこでくずおれた。
「どうして……」
悲痛な涙。
草むらを一緒に通ってきたせいで、崩れたツインテール。
葉っぱや木の枝を制服に引っ掛けて。
紺色のスッキリとした制服を、茶色に煤けさせて。
姫野先輩は床に手をついて泣いていた。
「どうして……私じゃダメだったの……!?」
顔を上げた姫野先輩は、ショックを受けた顔を私に向けた。
もう、敵意は無いようだった。
「どうして……この子なんですか……。だって、ずるいじゃないですか……。ルール破って、内緒でアピールして。それで選ばれて勝ちなら、今までの私……なんだったって言うの……。それでいいなら、私だってそうしたかった。私がよかった!私だったら何だってやるのに!私だって……!」
姫野先輩は、中空を見上げていた。
視点が定まらない……ううん、違う。姫野先輩は、私の後ろを見ていた。
まさか……。
そのまさかは的中する。
「いらっしゃい」
後ろから、声が聞こえた。
水の様に透き通った声。
それでいて、どこか楽しそうで。まるで、友人を部屋に招き入れるかの様な声だった。
振り返らなくても、誰の声かわかる。
あまりの近さに、背中がゾクゾクした。
いつの間にか、扉は開いていた。
剣様は、私を生徒会室に招き入れる。
躊躇する私を、杜若先輩が、促した。
「入って」
「は、はい」
剣様は、まるで、その廊下には他に誰も居ないみたいに。
まるで、見なくてもいい置物でもあるかの様に。
ただ、私を招き入れるだけだった。
姫野先輩には、目もくれなかった。
「つるぎ……さま……」
小さな声が、耳の奥に響く。
ちょっとした喉の痛みとともに、扉は呆気なく閉められた。
「剣…………様…………」
この状況をどう受け止めればいけないのかわからないけれど、言わなくてはならない事はわかっていた。
生徒会に入るのは、お断りするという事だ。
剣様は、生徒会長の机に寄りかかり、のんびりとにこやかに、渡された一枚の紙切れを眺めていた。
まるで、一人、お気に入りのマニキュアでも塗ったときの様な顔。
それは、私の『新生徒会 推薦書』だ。
「剣様……。私、こうして助けてもらって申し訳ないんですけど。生徒会には、入れません」
すると剣様は何も言わずに、その眺めている紙に難しい漢字でも書いてあったかの様に眉を寄せる。
そして、のんびりと尋ねてきた。
「あら、どうして?」
「私……だって、ファンクラブのメンバーだったんです。けど、ずっと、隠してて」
「それは、いけない事なの?」
「いけない事です!大事な仲間との約束破って。剣様にだって、まるで初対面みたいに嘘ついて」
「……それで、私を捨てるの?」
「…………え?」
顔をあげると、剣様と目が合った。
剣様は、泣きそうな目を、していた。
ドキリとする。
「私はあなたがいいって言ったのに」
この人は、私が、この、目に、勝てないのを知ってる。
この目から、視線を逸せないのを知ってる。
そして、私は、言うはずだった言葉をなくした。
剣様はそのまま、流れる様に、何でもない様に、会長欄の承認印を捺す。
「……私、剣様の事、変な目で見てますよ?キスしたいとか、足舐めたいとか」
そう呟く様に言うと、剣様はふんわりと笑顔を向けた。
「あなたってホント、気持ち悪い子ね」
二人の関係も進んだということで!