44 そして一人ぼっち(2)
「朝川さんは、こちらに立ってくれる?みんな、話があるみたいだから」
姫野先輩の冷たい声がして、奈子は部屋の前に立たされる。
部屋中からの突き刺さるような視線が、私を追うのに嫌でも気付く。
ただ、その視線は、攻撃的なものばかりではなく、ただただ困惑ばかりのものもあるようだ。
「さて、朝川さん」
「はい」
もう、覚悟を決める事しか、出来ない。
「昨日の演説会の時、あなた、剣様と一緒に居たようだけど、合っている?」
「はい、合っています」
せめて、本当の事を言おう。
「どうして、剣様と一緒にいたの?」
「剣様が、人手が足りないと困っておられましたので、選挙のお手伝いをしていました」
「それは、あなたが申し出た事なの?」
「いいえ。困っている剣様に声をかけたら、誘われました」
そこで、始めて部屋の中がざわめいた。
姫野先輩の質問は、淡々と続く。
「剣様が一人で居たの?」
「はい」
「場所は何処ですか?」
「特別教室棟のそばです」
また、部屋の中がざわめく。
おおかた、剣様が居そうな特別教室棟へ足を踏み入れるのは正しいのかどうか、なんてコソコソと話しているのだろう。
「それは、あなたが特別教室棟に足を踏み入れたという事ですね。剣様に会う為に」
「いいえ」
そこでまた、部屋の中がざわめいた。
「図書館に行く途中、ガーデンを通りました。そこで見かけたんです」
そこで、ざわめきは大きくなる。
「どうしてそんなところに」「出待ちしてたんじゃないの?」「奈子先輩に限って……」
「ガーデンまで行けば、剣様と会う事があると気付きませんでしたか?」
「別に、出待ちをしていたわけではありません。ファンクラブには、剣様に迷惑をかけないようにするという規約はありますが、特別教室棟に入ってはいけない、ガーデンを通ってはいけないという規約はありません」
そこで、ざわめきは更に大きくなった。
ふと、仲が良かった後輩の早苗ちゃんの困惑した顔が、目に留まった。いっそ、泣きそうに見えた。
心苦しいけれど、出待ちをしていたわけじゃない。
確かに、あの時は剣様に会えるかもという下心を持ってガーデンを通ったし、確かにファンクラブメンバーがあの場所を行ったり来たりするのは困る事になるというのも分かる。
けれど、ファンクラブメンバーだから特別教室の棟に入れないとか、剣様が困っていても見捨てるのが正しいとか、それも間違っている事だと感じた。
みんなが、嫉妬こそあるものの、剣様が困っていたなら仕方ないんじゃないかとか、剣様から誘ったなら仕方ないんじゃないかとか、そんな風に思う気持ちもある中で。
突然、ファンクラブの一人が立ち上がった。
「姫野会長!この、連絡……見てください……」
言いながら、スマホを姫野先輩へ差し出す。
「どうしたって言うの。落ち着きなさい」
言いながら、スマホを覗いた姫野先輩の顔が、みるみるうちに固まった。
その可愛い顔が、夜叉の様になる。
姫野先輩が、その顔で睨んだのは、他でもない、私だった。
空気が悪くなってきたようですね。