43 そして一人ぼっち(1)
教室の窓から見る空は、晴れていた。
白い雲が流れる。流れる。流れる。
「ほら、お昼」
「え?」
「出して」
顔を挙げると、真穂ちゃんが偉そうな顔で見下ろしていた。
「トイレでご飯には付き合わないわよ」
「うぁ〜!真穂ちゃぁん」
真穂ちゃんも、この教室の異様な空気に気付いているようだった。
ピリピリと、私に向けられた視線。
理由は分かっている。
生徒会長選挙の時、私が剣様のそばに居たからだ。
剣様を好きなのは、何もファンクラブのメンバーだけではない。
基本的にみんな剣様の事が好きなのだ。
視線が言う。『なんでお前が』『どういう関係なの』『なんでお前なの』『今すぐ離れて』『規約違反じゃん』
言われなくてももう剣様に会うことはない。
けど、それを叫びながら歩くわけにもいかない。
確かにお手洗いならこの視線から外れられるのでちょっと魅力的ではあるけれど、真穂ちゃんはそれを許してはくれないだろう。
真っ赤に腫れたよく見えない目でなんとか鞄の中を探り、お弁当を取り出す。
こんな時、剣様のファンでもなんでもない真穂ちゃんが友達で良かったと思う。
けど。
「朝川さん」
クラスの剣様ファンクラブのメンバーが声をかけてきた。
「今日、ファンクラブ全員集合だって」
ファンクラブではない真穂ちゃんを巻き込む事も出来ないから。
私は今、一人ぼっちだ。
ファンクラブが全員集合をかける理由は分かっていた。
私の事だ。
全員で、相談という名の糾弾を行うつもりなのだろう。
けれど、呼び出しに応じない方がきっと困った事になるから。
奈子は、放課後、ファンクラブの部屋を訪れた。
それは、高等部棟にある。
生徒会室とは離れた側の端にあり、すぐ隣は中等部棟だ。
その先に体育館や音楽堂があり、人通りは多い。
一人、事務室のようなドアを前に立つ。
ここでよく、みんなと剣様の話をしたっけ。
カフェテリアが近いので、そこまでみんなで歩いて、剣様の良さを布教しあったり、剣様しりとりをしたり。
もうそれも、遠い過去の話だ。
目を閉じて、剣様の、昨日の顔を思い出す。
そう、私は大丈夫なんだ。
剣様のあの少しはにかんだような顔が見れただけでも、この人生は大丈夫なんだ。
そう、少し怖いだけ。
意を決して、ドアを開ける。
そこには既に、集まっていた他のメンバー達が静かに座って、こちらを見ていた。
部屋の前、教壇で、一人の女子生徒が振り返る。
ファンクラブ会長、高等部3年、会員番号7番。姫野夏菜だ。
自慢の縦ロールにしたツインテールが揺れる。
元子役で、アイドルに転身しないかと打診がある程の可愛さ。
けれど、この学園に入り、剣様に惚れて以来、仕事はすっぱり辞めてしまった。
剣様を追いたいが為に。
それほど、剣様に惚れ込んだ一人と言えよう。
その情報網は、子役時代に培った顔の広さだとも、ストーカー対策を逆手に取ったものだとも噂されている。
とにかく、敵に回したくない相手だ。
けれど今、これ以上ないほどの厳しい視線を、私に向けていた。
姫野さんは、名前が芸名なんじゃないかという噂がありますが、本名です。