41 ありがとうの言葉(1)
まるで、一件落着のようだった。
また、剣様が使っているという離れに帰り、和室へ座らされた。
「朝川?」
「あ、何ですか?」
平静を装う。
けれど、剣様も気付いてしまったらしい。
私が少し落ち込んでいる事を。
「どうかした?」
剣様の顔を見る。
そうだ、言わなきゃ。
「あ、私、ここで、生徒会のお手伝いを終わりにしたいんです」
ファンクラブのメンバーだという事が、剣様にもファンクラブのみんなにもバレてしまった。
これ以上、剣様のそばにいるわけにはいかなかった。
剣様だって、私がそばにいる事を、望まないだろう。
こんな、いつだってその足を舐めたいと思っている奴のことなんか。
「ああ」
実際、その話をした瞬間、剣様が一瞬、冷めたのがわかった。
「そうね、私としては、まだ引き続き生徒会に居てくれていいんだけれど」
心臓が、高鳴った。
ファンクラブのメンバーだっていうのは、黒田との話の時に、きっと気付いているはずなのに。
剣様はそれでも、そばにいてもいいと言ってくれた。
その言葉だけで十分だった。
これ以上は、どうやったってファンクラブを敵に回す事になってしまうし、迷惑をかけないという信念は曲げたくはなかった。
「すみません。これ以上は」
剣様の顔を見る事が出来なかった。
きっとがっかりしている事だろう。
「そう」
そう返す剣様の声は、ヒンヤリと冷たい。
泣きそうになる。
世界で一番大切な人に、こんな声を出させてしまうなんて。
「わかったわ。まあ、明日からは仕事もないし。来なくていいわ」
ビクッとする。
自分から申し出た事のはずなのに、心が冷え切ってしまいそうだ。
きっと上手く笑えないだろうから。
今にも泣いてしまいそうだから。
「すみません」
逃げるように春日野町家を飛び出す。
コンクリートの地面。
誰もいない通り。
右側には、まだしばらく春日野町家の塀が続く。
一人歩くその場所で、もう我慢する必要もないのだと教えるように、涙はボロボロとこぼれた。
「ごめ…………っ、ごめんなさい、剣様…………っ」
空を仰ぐ。
涙は、こぼれるままにしておいた。
「何も…………出来なかった……っ!」
そうだ。
私は何も出来なかった。
意気込んで剣様を引っ張り回した挙句、結果、私一人の力では、婚約を破棄してもらう事なんて、到底出来なかった。
お願いする事しか出来なかった……!
「うえええええええええええん」
私がいる事で、上手くいく事なんてなかった。
迷惑かけてばかりいる。
その瞬間、すぐ背後から声が聞こえた。
「あなた、私に謝らなければならない事があるようね」
ゾクリとする。
「剣……様…………」
なんでもお見通しとでも言いたげな、包み込むような声だった。
「『何も出来なかった』?」
どうやら最初から聞かれていたらしい。
真っ直ぐに見る瞳。
私がこの目に、勝てるわけがないのだ。
逃げられたので追いかけてきたようですね。