40 そこに愛はあるか(2)
そこで口を開いたのは、父親の隣にいる母親だった。
「あなたは、娘が可愛くないんですか」
それは、異様に冷たい声だった。
あまりの冷たさに、父親のみならず、私までぴゃっという顔になってしまう。
「そうではない」
と返事をした父親は、既に負けているようだった。
そこで、閉まっていた障子がパーン!と小気味いい音をさせて開いた。
障子を開けた先は縁側の廊下に繋がっているのだけれど、その中庭との間に、何か小さな妖怪のようなものが見えた。
背の低い老人で、高級そうな着物に羽織物を着て、小さな杖をついている。
「お義父さん」
と父親が呼んだことで、その小さな、一瞬妖怪と見間違えそうな老人が、剣様の祖父であるという事を知る。
「なんじゃあ!何があった!」
気が強い。
そして声がでかい。
「いえね、剣が話があると」
その父親の口振りから、どうやら婿養子らしいという事を知る。
「なんじゃい。言うてみぃ」
小さなお祖父様がどっかと座り込む。
そこでピシッとした顔を、剣様と母親が同時に上げた。
やはり、何処か似たところがある親子だ。
「黒田が私に手を上げたんです」
「…………!!」
途端に、お祖父様が口を開けて驚いた顔をしてみせた。
おじいちゃん!?その顔にびっくりだよ!?
あまりの顔に、顎が外れるんじゃないかとヒヤヒヤする。
けれど、その顔によってわかった事がある。
このおじいちゃんは、孫の事を大事に思っているという事だ。
おじいちゃんが、真剣な顔になる。
「生徒会長選に出た事で、ズルしてるんじゃないかとか、色目使ってるんじゃないかとか言われて……」
そこで剣様が、憂いを帯びた顔で、赤くなった頬をさすった。
「理由なんか、関係あるか!」
おじいちゃんが仁王立ちで立ち上がる。
「そんな奴に孫はやれん!」
そこでハッとしたのは父親の方だ。
「けど、お義父さん。事業の方はどうするんですか」
やっぱり……。この人、剣様を売って仕事をする気だ。
父親は、一斉に4人から冷たい視線で刺される事になった。
「お前は、たった一つの事業の為に、娘を道具のように扱っていいと思っておるのか。娘は一人しかおらん。今回それで乗り切って、次はどうするつもりじゃ」
奈子は、神妙な顔を作る。
神妙な顔の下で、『言ってやれ言ってやれ!』とおじいちゃんの応援に勤しんだ。
そこでおじいちゃんが、
「黒田を呼んでこい!」
と騒いだので、黒田親子が呼び出され、そこから大ごとになった。
途中まで横暴な顔を続けていた黒田安吉だったけれど、『全ての提携を切る』という言葉は、思った以上に黒田親子に打撃を与えたようだった。
それは、一時的な金銭の大きさではなく、どちらかといえば、この地域一帯で力を振るっている春日野町家から見限られる事に対する信頼的な意味での事のようだった。
そして婚約は、つつがなく破棄されたのである。
いい人そうなおじいちゃんでよかったですね!