37 守りたいもの(4)
「剣様」
その手を取る。
「行きますよ!」
そう言うと、私は剣様の手を引いて歩き出した。
黙々と。
校門を通り、道を歩き、駅まで来ると、ポケットに入っていた小さな財布を出し切符を2枚買った。
ホームに続く階段を降りるところで初めて、剣様が、
「朝川?どこに行くの?」
と声を出した。
私は、その質問には答えずに、剣様の方を向く。
「剣様は、あんな男と結婚するんですか?」
「……あなたには関係ない事でしょう」
「関係ありますよ!」
すかさず応える。
思いの外、大きな声が出てしまう。
「剣様の隣に居ただけで、叩かれそうになったんですよ!?」
剣様が反論しようとしたところで、ゆったりと電車がホームに滑り込む。
そこで、また剣様の手を引き、電車に乗った。
電車の中は、とても空いていた。
人はまばら。
ガタゴトと、小さな音が耳に届く。
それ以外に何も聞こえるものがないまま。
お互い顔も見ないまま。
電車は青い空と遠くまで続く住宅街を窓の外に流して行く。
駅を降りたところで、どこに向かっているのか気付いたのか、剣様が不機嫌そうな声を出した。
「仕方がなかったのよ」
声に反応して、奈子は握っていた手にぎゅっと力を込めた。
「お父様の新事業の為には、どうしても、黒田の口利きが必要だったのよ」
「それ、剣様とは何の関係もないじゃないですか」
「この事業に失敗すれば、甚大な損害になるわ。黒田は私が結婚に承諾すれば、全ての流通経路を渡すと言って来た」
「剣様!」
くるりと振り向く。
「知ってますか?女子高生の身体を条件にするなんて。そういうのを、”ド変態“って言うんですよ」
「結婚くらい、なんて事ない」
「なんて事なくないです!」
剣様を睨みつける。
「私は許しません!剣様の純潔は、私のものです!」
「……あなたのじゃないけどね」
「剣様のような有能な人なら、黒田なんかに頼らなくても、失敗するわけないじゃないですか!」
言いながら、剣様を引きずるようにして、一つの門の前に立つ。
それは、和風の門だった。
木でできた両開きの大きな扉がついている。
両側には、遠く、どこまでも続く背の高い塀が続いている。
この塀は、東の通用門、北の通用門、西の通用門を経て、大きく一周している。
塀から覗く松の木が、塀の中に豪華な和風庭園がある事を示唆していた。
こここそがこの辺り一帯の地主である春日野町家なのだった。
「私、婚約を破棄してもらいます」
「やめて」
ここまで来て、まだこんな事を言う剣様に、カッとなった。
「じゃあ、あんなのと結婚したいんですか!?」
「そんなの……」
ボロボロと泣いてしまう私と目が合った剣様は、全てを吹っ飛ばすようにこう言った。
「結婚したいわけないじゃない!」
二人で息を荒げる。
そこで、まだインターホンを押してもいないのに、木でできた扉が開いた。
「何をしていらっしゃるんです?」
そんなわけで、お家訪問です。