36 守りたいもの(3)
剣様の顔を見る。
険しい表情。
睨みつけるその姿は、迷惑な悪魔を牽制する女神といったところだろうか。
その瞳に、愛情は、見えない。
好きじゃ、ない?
その人を、好きなわけじゃ、ない?
それなら、答えは簡単だ。
ズカズカと二人の間に割って入ると、黒田を睨みつけた。
こんなのから、剣様を引き離さないと。
黒田は、面白そうにニヤリと笑う。
「ああ、そう。お前、こいつの犬まだやってんの。一人じゃ何にも出来ないもんな。せいぜい無能同士で傷の舐め合いでもしてるんだな」
何か、引き剥がす方法を考えないといけなかった。
時間稼ぎでもよかった。きっと先輩達が戻って来てくれるから。
でも。
こんな言い方をされて、言い返さないなんて出来なかった。
「春日野町先輩は、無能なんかじゃない!いつだって勉強は学年一位だし、運動だって人一倍うまくて」
こんな事言ったって、きっと何も伝わらない。
けど、一言でも剣様の素晴らしさについて、物申してやりたかった。
きっとこんな事を言えば、ファンクラブのメンバーだと、バレてしまうけれど。
「剣様は、誰よりも努力してきたの!誰よりも早く学校に来て、勉強だってよくしてる。完璧をさらに完璧にしようって、スピーチコンテストの時は1ヶ月も前から図書館に篭って、原稿書き上げてるの!」
剣様を庇うように両手を広げる。
「苦手な絵画コンクールの時だって、みんなに期待されて、でもその通りの自分でいようって、3ヶ月も絵画教室に通ってたし」
そう、あの時は、ファンクラブのみんなは剣様が絵画教室に行く理由があまりわからないといっていたけれど、私だけはそう推理していた。
剣様は、絵に自信が無いのだ。
「こんな綺麗な顔に生まれて、頭だって生まれつきいいのに、努力を怠ったりしないの!あんたと違って、親に甘えたりしない!」
黒田が、「はぁ……」と溜息を吐いた。
「すっかり、いい子のワンちゃんになっちゃって」
そして、ゆっくりと近付き、私に向かって手を振り上げる。
ぎゅっと目をつむり、腕でガードする。
その時だった。
「何してる!」
先輩達3人が、生徒会室に戻って来たところだった。
ああ。
これで…………安心…………。
小節先輩がすっ飛んできて、黒田を取り押さえた。
それから数分もかからず、東堂先輩達が先生を呼んでくる。
剣様の無事を確かめるため、振り返る。
腫れた頬を抑えたまま、呆然とそこにつったっている剣様と目が合う。
安心…………なんかじゃない。
叩かれた頬の痛みは……、言われた言葉は……、無かった事になんてならない。
ぼろぼろと、涙が溢れる。
「剣様!剣様!剣様!」
呆然とした顔で、じっとこちらを見る剣様の顔を見上げる。
「ダメです、剣様。剣様は世界で一番尊い人なんだから。大事にしてくれないと困ります」
手のひらで、こぼれ落ちる涙を拭う。
足元に落ちていた書類にいくつもの足跡がついているのに気付いて、また泣いた。
「あんなのと結婚しちゃダメです。剣様……」
取り押さえた小節くんはえらいと思います。