35 守りたいもの(2)
剣様と……誰か、居る。
男の人の声。
その瞬間、胸がざわつくのを感じた。
婚約者なんかじゃない婚約者なんかじゃない違う違う違う違う。
けど、希望は虚しく砕け散る。
「すこぶる目立ってたそうじゃないか。君は僕と結婚するというのに他人に色目でも使ってたのか?」
え、これ、確定?
それもなんだか、雰囲気悪……。
「いやぁ、でもその色気の無さじゃあ、嘲笑の対象として目立ってたんだろうな。生徒会長、なれるといいなぁ?」
嘲笑してるのはどっちだ。
悪意しかない声。
剣様、まさかこんなのと結婚するの?
それでも剣様なら、こんなのに反論して、言い負かしてくれるって、そう思っていた。
それなのに、いつまで待っても、剣様の反論は聞こえて来なかった。
どういう事?
そんなに……その人の事が好きなの?
けど、こんな扱い、剣様本人が許しても、ファンズサーティーとしては許してはおけない。
ガチャリ、と扉を開ける。
心の準備なんて無かった。
ただこの身一つで、守りたいと思った。それだけだった。
けど、その扉の向こうは思った以上に、地獄絵図が拡がっていたのだ。
これまで作業してきた報告書やそれ以外の書類が散乱し、舞い散っている。
グシャグシャと、丸めて捨ててあるものまである。
そんな書類が舞い散る中で、
バシン!!
と弾けるような音が響いた。
目の前で、黒いジャケットを着た同年代の少年が、剣様の頬を平手打ちで叩いたのだ。
剣様はそのまま吹っ飛び、後ろにあった作業机に激突し、頬を抑えながら顔を上げた。
作業机に乗っていたペン立てが床に落ち、誰かのお気に入りのペンが散乱した。
なに……これ…………。
目を疑う。
自称だろうがなんだろうが寄りにも寄って剣様の婚約者を名乗る男が、剣様に手を上げるなんて。
それに、部屋に入り気がついた。
この男は。
奈子の頭の中に、一つの情景が浮かび上がる。
校舎裏。
掴まれた髪。
地面に手をついた痛み。
蹴り上げてこようと来る足。
そうだ。
この男は、あの時奈子をいじめていた、元クラスメイトの男の子。その中の主犯の人物だ。
何人か子分を引き連れ、悪口を言ったり物を隠したりした、あの元クラスメイト。
下卑た顔。変わってない。
剣様が学園から退学させてくれた、あの男の子。
黒田グループ会長長男。
黒田安吉、その人だった。
なんで……ここに居るの。
まさか剣様……この人と結婚するの?
この人の事が、好きなの?
剣様を託さないといけない相手が。
剣様を幸せにしてくれないといけない相手が。
剣様を平気で殴るような奴だなんて。
なんで、こんな事になってるの。
頭が割れるみたいにグラグラする。
これが現実じゃなければいい。
こんなのってない。
剣様。
私はどうすればいい?
誰かのお気に入りのペンは、小節先輩のお気に入りのボールペンです。