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34 守りたいもの(1)

 東堂先輩達と小節先輩が体育館の片付けに行ってしまう。

 私はというと、泣いていたので気を遣われたのかなんなのか、剣様と共に生徒会室へ帰る事になった。


 この演説会が終われば、もう流石に仕事はない。

 あとは、投票を残すのみだ。

 私に出来る事はない。


 これで、やっと離れられる。


 生徒会室に戻れば、剣様と二人きりだ。


 二人きりというイベント発生に興奮してしまいそうだけれど、ちゃんと辞めるとはっきり言おう。

 ファンクラブのみんなにバレてしまった今、ここにいると本当に迷惑がかかってしまうから。


 最後に剣様の演説が聞けてよかった。


 この剣様の言葉があれば、私はどうなっても大丈夫だ。

 何処ででも生きていける。剣様の居ない場所でも。

 もし、死ぬ事になったとしても、剣様の言葉があれば、天国への階段を登るのも怖くはないだろう。




 とはいえ。


 前髪をくるりと触ってみる。

 気にも留めない外見ではあるけれど、最後に見せる鼻水ずるずるの顔を記憶に留めておかれるのは気が引けた。


「春日野町先輩」


「ん?」


 窓から入る陽射しに照らされた剣様は、なんて美しいんだろう。畏怖の念を抱いてしまう。


「私、お手洗い寄ってから戻りますね」


「わかった」

 少し微笑んで、行ってしまう。

 誰よりも高いところでなんでもわかったような顔をしているくせに、こんな時には必ず薔薇が舞うような笑顔を見せる。

 そんな顔をすれば、周りが幸せになる事を知っているとでもいうかのように。

 それも剣様の魅力の一つだ。


 トイレの鏡に向かう。

 目は赤いけれど、腫れぼったくはない。

 少し顔を洗ったら、どうにかなるかも。


 パシャパシャと制服を濡らさないよう気をつけながら、顔を洗う。


 そこへ、演説会を終え、トイレに来た女生徒達と鉢合わせた。


「剣様、かっこよかったね」


 ……剣様の話題。

 最近では、ファン以外の生徒達の間でも、“剣様”呼びが定着してきた。


「ほんとにね」


 そうでしょうそうでしょう。


「ねえ聞いた?今日、剣様の婚約者がいらっしゃってるらしいの」


 ………………え?


「え、そんな人が居るの!?」

「いるのいるの。最近めっちゃ噂されてるよ」

「本当にお嬢様なんだ……。そんな人が選挙活動応援してくれてるんだね」


 ………………なにそれ。聞いてない。


 と思ったところで、自分が最近ファンクラブメンバーと話をしていない事に気が付いた。

 剣様と一緒にいるけれど、そういう噂話や周囲の話は最近はからっきしだ。


 嘘、だよね。


 身体が震える。


 けれど、以前から噂はあったのだ。

 婚約者がいるという。


 だから、それがデマだと言い切れない自分に気が付いていた。


 剣、様。


 ここで、私はお別れなんだから。

 そんな人、居ても居なくても、私にはどうにも出来ない。


 もし、居るんだとしても、その人に剣様の幸せを託すしかない。


 身体が震える。


 嘘だと言って欲しい。

 恋愛するなとも結婚するなとも言いたくはないけれど。


 でも、私が離れなければならない今くらいは、私と一緒に居てほしい。


 剣様剣様剣様。

 剣様剣様剣様剣様剣様。


 ねぇ。


 心なしか早足で廊下を歩く。

 生徒会室の社長室のような扉を、ノックしようと手を上げた。


 そこで、中から、人の話し声がするのが耳に入った。

さて、綺麗にお別れ出来るのでしょうか!

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