33 選挙演説(3)
そして、剣様が壇上に立つ番になった。
壇上から高等部の生徒達を眺めるその視線は、みんなの顔色を窺うものでは決して無い。
その視線はまさに、一段高いところから人々を見下ろす視線だ。
剣様が、全員の顔を見渡した後で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「2年3組、春日野町剣です。私は、この学園で希望を育てたいと思っています」
みんなが、真剣に剣様の声を聞いている。
相変わらず、水のように透き通り、身体に浸透していく声。
なめらかで、けれど何よりも存在感のある声。
「人生の中の6年間を、みなさんこの学園で過ごします。それは、たった6年間です。けれど、人生の土台を作る上で、何よりも大きい6年間なのです。この6年間、どれだけの事ができたかが、この人生がどれだけ豊かになるか、決めるものです」
そうなんです。
そうなんです!剣様!
私は剣様と出会って、この人生全てが変わったんです。
「私は、あなた達の人生が希望咲き乱れる素晴らしいものになるよう、お手伝いがしたいのです。」
みんな、じっと聞き入っている。
それは、剣様のカリスマ性とも言えるものだった。
これまでの実績や目立つ人柄などが信頼に値するものだからこそのものだ。
毎日を実直に生きて来た剣様の生活が、正しかったのだという証明に他ならない。
「その為に、自習室の改修として、テーブル、衝立ての見直しを行います」
そして、具体案が続く。
「イベントの見直しを行います。1年間全体の見直しに加え、文化祭の利用範囲の改善、後夜祭の見直しなどを考えています」
いくつかの提案の中で、ささやかながら「おおー」などの声が聞こえる様になってきた。
「あなたの居場所を守りたいのです」
唐突にそう言われ、面食らうような顔になる者が、何人か散見される。
そしてそれは、奈子も同じだった。
「そして、あなたの人生の土台を作りたいのです」
私はあなたに救われたっていうのに、まだそういう事を言ってくれるの?
今のこの状況は怖いけれど、大丈夫って思えた。
剣様は、きっとこんな私でも、守ってくれようとする。
それならば私は、もし、どんな事になっても、剣様を守る立場でいよう。
あなたが悪の帝王になる日が来るとしても。
世界中が敵になるとしても。
私だけは剣様を信じる人間でいたい。
世界中の全ての人があなたを忘れてしまっても、私だけはあなたをずっと覚えている。
けれど、そんな気持ちを込めて壇上の剣様を見れば、そんな事はあり得ないという事がわかる。
あの力強い瞳に心を射られて、力を貸したいと思わない人間はいないだろう。
世界に二人きりだなんていう想像は、私にだけ都合のいい妄想だと理解してしまう。
剣様が、うっとりとしている生徒達の前でキッパリとしたお辞儀をして、舞台袖へ戻って来た。
剣様が、へへっと奈子に笑いかける。
それがあまりに嬉しくて、演説の時には我慢していた涙が、ブワッと溢れ出した。
「よ、よかったです」
ボロボロと涙が溢れる。
いいんだ。これは感動の涙だから。
いいんだ。これで私は最後なんだから。
「もし、剣様が会長に選ばれなかったら、私が剣様を生徒会長にした新しい学校を作ります」
泣きながらそう言うと、剣様は少し考えて、
「ありがとう」
と微笑みながら言った。
流石の奈子ちゃんでも剣様が悪の帝王にならないこともないなんて思ってるのかもしれない。