31 選挙演説(1)
もう、覚悟を決める時なのかもしれない。
どうせ、これが終わってしまえば、剣様と会う事は出来なくなるんだから。
気付けばもう演説の日で。
応援演説の小節先輩が、相変わらず不審な顔で、うにうにと演説の練習をしていた。
顔に力が入っているのは分かるけれど、流石にあの力の入れようは、唯一の長所である顔まで台無しだ。
もし、学校に居られなくなっても。
この女神様の為なら、私はどうなってもいいや。
……せっかく仲良くしてくれた東堂先輩達や、ついでに小節先輩には悪いけれど。
目を閉じて瞑想でもしてそうな剣先輩の目が開いた。
いつものソファから、剣先輩が立ち上がる。
「さあ、時間ね」
怖さのない目。
選挙に負ける事なんて考えていない。
剣様にとっては、ここは通過点でしかないんだ。
むしろ、生徒会の仕事にこれ以上支障が出るのは問題だから、さっさと終わらせちゃいましょうと、そんな事だけを思っている目だった。
心臓がバクバクする。
けど、私はこの人に、ついていこうと決めたから。
社長室の様な扉を、バン!と開けた剣様、それに続く小節先輩と、杜若先輩、菖蒲先輩の後に続いた。
出来るだけ、堂々とした顔で。
短い間だったけど、ここにいられた事は私の誇りだから。
コソコソするのはもういいや。
体育館の入口からは、高等部みんなの顔が見える。
ざわついた声が聞こえる。
なんだか浮ついた声が聞こえるのは、剣様を待っているからなんだろう。
一列目のはちまきにうちわ。懐かしい。
入口で立ち止まる。
やっぱり足が竦む。
けれど。
その時、入口をくぐる剣様が振り返った。
ドクン、と心臓が高鳴る。
突き刺さる視線。
私が立ち止まるのを、きっと許さない。
どきどきとする心臓を鎮めながら、体育館へと入る。
剣様を待ちわびてざわついていた生徒達が、こちらを向いて、言葉を失う。
視線が刺さる。
なんて痛い視線。
同じクラスの小泉と目が合った。
目を見開いて、こちらを見ている。
驚愕の顔だった。
いつもなら、この瞬間は、みんな剣様しか見ていなくて、体育館に歓声が湧き起こる瞬間だ。
それなのに今日は、怖いほどの沈黙。
「何……あいつ……」
誰かがボソッと呟いて、そしてそれは、波紋の様に広がるざわつきとなる。
「あれ、サーティーの子じゃない?」
「ほんとだ。朝川じゃん」
「なんであんなとこにいるの」
「規約違反でしょ」
そのまま体育館脇に並べられた、立候補者席に案内される。
ざわめきが止まない。
このざわめきが、剣様の選挙に悪影響がないよう真剣に願った。
ごめんなさい、剣様。今迷惑をかけているのは私なんです。
剣様や他の3人に何か言われるんじゃないかと思ったけど……、みんな何も尋ねてきたりはしなかった。
そんな私の気持ちとは裏腹に、剣様の顔はいつもと同じ様に強かった。
きっと、いつもと雰囲気が違う事には気付いているだろうに。
席に座る前にその場に立ち、にっこりとした笑顔で体育館中を見渡した。
その笑顔に、誰もが噂話など出来なくなった。
そして、演説会は始まったのだ。
さてさて、きれいにお別れはできるのでしょうか。