30 潮時ってやつ
選挙が近づいて来ると、流石の私も限界を感じるようになってきた。
選挙活動といえば、この人に投票してくださーい!こんな事が出来る人です!なんて、宣伝して歩く事。
つまり、生徒会室の外で活動する事が増えるのだ。
ポスターを貼るのは主に剣様本人がするし、2人も居れば十分な仕事。
けど、挨拶だのなんだの、生徒会室に籠るだけでは成り立たないものも増えて来た。
3日後には、既に高等部生徒全員に向けての立候補者演説がある。
奈子は、ソファで演説の書類の確認をしている剣様に、ひとつの決心を伝えなくてはならなかった。
つまり、
「春日野町先輩、私、この選挙のお手伝いをやめようと思うんです」
ということだ。
選挙の手伝いでの細かい雑用は、もう殆ど終わっているのだから。
ここまで顔を覚えられてしまっては、もう剣様の前に出て来る事は許されない。
これで、最後なのは、悲しい。
悲しい、けれど。
悲しいけれど、私はやはりファンクラブの一員だ。
剣様の目の前に居るだけで、これほどまでに高鳴ってしまう胸が、剣様に迷惑じゃないとは、言い切る事が出来なかった。
ストーカーではないと言い切る事が出来ない。
一息ついた時、剣様の居た場所を頬ずりして舐めるなんてところは、流石に見せるわけにいかないというか、剣様の髪を拾い集めて人形にするような事を絶対にしないかと聞かれればしないと言うことなんて出来なかったし、ましてやこれ以上慣れてしまえば、本人に手を出しかねないと自分で思ってしまうからだ。
実物を愛でられなくても、私にはこの思い出がある。
ファンクラブのメンバーには、あってはいけない思い出がある。
きっと、ここまでファンクラブのメンバーにバレなかったのも、天からの采配なんだろう。
引き際を見極めなくては。
剣様、剣様。大好きなんです、剣様。
感傷に浸ってはみたけれど、しかし剣様の返事は予想とは違ったものだった。
「駄目よ、そんなの」
「…………え」
理由くらいは聞かれると思っていた。
思っていたからこそ、いつものピアノのコンクールの話や、言い訳などを考えてきた。
けれど、剣様の答えは、
「辞めるのを許すわけにはいかないの」
という、こちらの言い分は聞いてもらえなさそうな、言い切りの言葉だった。
「どうして……」
なんて、疑問を口にしてしまい、しまったと思い直す。
疑問なんて口にしたら、その答えを聞かなくてはいけなくなる。
答えを聞いてしまったら、それに反抗して辞めるなんて、きっと出来なくなってしまう。
これでは、この手伝いを始めた時の二の舞だ。
そして、予想は当たった。
「あなた、私を用無しになったからって追い出すような人間にしたいの?私はあなたに、最後まで見守っていて欲しいの」
「…………」
なんだかそれは、お願いされているみたいで。
やはりどうしても、それに抵抗なんて私には出来なかった。
横から杜若先輩が顔を出し、
「私もあなたは最後までいるべきだと思うわ。今回の立役者なんだし。3日後の演説でほぼ最後なんだから、それくらいここにいなさいな」
と追い討ちをかけた。
その演説で、そばに居るとファンクラブのみんなにバレてしまうのが問題なのだけれど。
そう言われてしまうと何も言えず、ただ、苦笑いをするだけで、終わった。
離れられないみたいですね。