119 触れてもいい人
1月。
冬休みは終わり、新学期の朝だ。
まだ、人もまばらな早朝。
剣ちゃんに会えるのが嬉しくて、思わず早起きしてしまった。早く会いたくて、早く家を出て来てしまった。
雲がゆるりと流れて行く。
剣ちゃんは、今学期は卒業生に関する作業が増えるはず。もしかしたら、もう既に作業の事を見越して、まず生徒会室に行くかもしれない。
だから、剣ちゃんが来ると騒がしくなる校門の見える位置ではなく、生徒会室で待つ事にした。
特別教室棟が見える。
ローファーの足音をさせながら、歩いていると、
「奈子」
と声をかけられた。
唐突に心臓が高鳴る。
一呼吸置いて、後ろを振り返る。
「剣様、おはようございます」
にっこりと、最上の笑顔を向ける。
そこには、クリスマス以来会えていなかった、剣ちゃんの姿があった。
「ふぅん?“剣様”、ねぇ」
ニヤニヤとからかう時の笑顔を向けながら、剣ちゃんが前に回り込んで来る。
「これは仕方ないんですよ!誰が聞いてるかわからないんですから!」
奈子がキョロキョロと周りに誰もいないか確認しながら話す。主に、ファンクラブの面々がいないかどうかだ。
そんな事を言いながら、当たり前のように隣を歩く。
この瞬間がどれだけ嬉しいか、剣ちゃんは分かっているだろうか。
その時、
「ふふっ」
と剣ちゃんが笑った。
「?」
剣ちゃんの顔を見上げるように覗き込む。
カツカツと、特別教室棟の階段を上がる剣ちゃんの足音が、ゆっくりになる。
キョトンとしている私に、剣ちゃんは少し頬を染めて、
「あなたの隣を歩けるのが嬉しいの」
と笑う。
その瞬間、体温が、上昇するのが分かった。
剣ちゃんも、同じ事考えてた……?
真っ赤になった顔で。
震える声で。
「もう、本当に、私の事が好きなんだから」
こんな事を言ってみる。
けど、言った事は、取り消さない。取り消せない。
あなたの気持ちをもう否定しない。
自信を持つのはまだ難しいけど。
ただ、今は、剣ちゃんも同じ気持ちなんだって、願う。信じる。
剣ちゃんは、何も言う事はなかった。
ただ、嬉しそうに頬を染めたから。
なんだかとても可愛く思えて。
今度は私が剣ちゃんの前に回り込む。
トントン、と階段を上がる音が響く。
そして目線が低くなった剣ちゃんの唇に、私はそっと口付けた。
「……っ」
ふっと離れる。
剣ちゃんの伏せられたまつ毛が見えたかと思うと、そのまま剣ちゃんが引き寄せられるように寄って来た。
持っていた鞄が、ドサリと音を立てて、床の上に落ちた。
追い立てられるように後ろへ退いたけれど、そのまま剣ちゃんのキスが返ってくる。
「んっ……んんんんんん……っ」
離れた剣ちゃんは、少し笑っていた。
「まったく奈子ったら、これから私をどうしたいのかしら」
逆に翻弄され、顔が熱くなる。
結局のところ、私は剣ちゃんの事が大好きで、剣ちゃんも私の事が大好きなのだ。
こんな幸せがいつまでも続くんだって思えたそんな日。
剣ちゃんと目が合って、そのまま二人で笑い合う。
「剣様、す、好きです」
「知ってるわ。だって私も、奈子の事が好きだもの」
これでこの物語の幕引きとさせていただきます。
ここまで読んでくれてどうもありがとうございます!!
次回はあとがきです。