115 剣先輩と真穂ちゃんと
春日野町剣が帰宅するため特別教室棟の階段を降りると、予想外な人を見つけた。
それは、奈子を待ってホールの椅子でスマホを眺めている、あの、真穂ちゃんとかいう奈子の友人だ。
もうすぐ冬休みで、毎日奈子に会えなくなる前に、出来るだけ一緒に居たいっていうのに。
今日はあの子と約束があるからと、一緒に帰る事が出来なかった。
ただでさえ、学年が違って、お昼休みと放課後しか会えるチャンスがないっていうのに。
いつだってあの子犬のような笑顔に癒されていたい。
抱きしめて可愛がりたい。
そんなわけで、奈子と同じクラスで仲がいい”真穂ちゃん“はあまり好きではなかった。
奈子の私への気持ちが減るわけではないだろうけれど。
この子が居ると、私が奈子と二人で居る時間は減る。
……友人は大切、だなんて言うのは簡単だ。けれど実際のところ、奈子に私以上に仲がいい人間なんて居て欲しくはないのが本心だ。
それでも、
「ご機嫌よう」
とにこやかに挨拶しないわけにはいかなかった。
奈子の保護者のようなものなのだから。
声をかけると、真穂ちゃんはスマホをしまい、スックと立ち上がってこちらへ向いた。
「……奈子なら、もうすぐ降りてくると思うけど」
話を振られたくないので、先に話をした。
真穂ちゃんがにっこりする。
「はい。今、メッセージが来たので」
「……そう。よかったわ」
言いながら、心の中でちょっとムッとする。
奈子からはそれほど気楽なメッセージをもらった事がない。
こんな話を聞くくらいなら、さっさと行ってしまおうと思ったのだけれど、
「剣先輩」
後ろから声をかけられた。
「何かしら」
「奈子から、剣先輩との事聞きました」
“奈子”って当たり前に呼ぶのね。
「私、ずっと見てきました。『剣様、剣様』って言いながら、一途に剣様の事ばっかり見ているところ。あの子の……愛は、本物です」
「そう」
煩わしいものを振り払うように、長い髪をかきあげる。
「奈子は、なんでも喜んで引き受けちゃうかもしれないけど」
真穂ちゃんの強さを感じるまっすぐな目。
「奈子を泣かせたら、私が許しません」
「…………」
少し、面食らう。
こういう事を、言う子なのだ。
いいえ。もしかしたら、奈子が、こういう事を言わせる子なのかもしれない。
剣は、優雅に微笑む。
「そんな事、言われなくても」
くるりとその場から立ち去る。
きっと、いい子なんだろう。
奈子のいい友達なんだろう。
剣は、誰にも悟られないように頬をぷくっと膨らませた。
だからって、認めるとか、好きになるとか、そういうことは無いのだけど!
119話+あとがきの全120話を目指そうかと思います。