112 どのケーキがお好き?
「チーズケーキ……」
奈子が呟くと、真穂ちゃんが苦い顔をした。
校門を過ぎたところ。
久々に登校で一緒になった真穂ちゃんと二人。
揃った足取りが心地いい。
「これ以上種類を増やす必要はないわよ」
断言する真穂ちゃんに、奈子が怪訝な顔を向ける。
「どうして?」
「どうもこうも」
真穂ちゃんが憤慨した顔を向ける。
「私、週に2回はあんたのケーキ食べてるのよ?これ以上選択肢増やしたところで、選べるのはひ・と・つ」
「ひ・と・つ」のところでピッピッと振られた人差し指を視線で追う。
「じゃあ、どれがよかった?」
「チョコレートケーキ」
「なるほどぉ」
言いながら空を見上げる。
ゆるゆると空を雲が行く。
そこへ、
「ご機嫌よう」
と後ろから声がかかった。
心臓がドキリとする。
この、声、は。
剣様の声だと気付きながらも、なんでもない風を装って後ろを振り返った。
「ご機嫌よう、剣様」
最上の笑顔で。
朝から見る剣様は美しい。
とはいえ。
なんだか……冷たい?
付き合っているのは内緒だとはいえ、ツンとした作り笑顔は、いつもの外向きの笑顔よりも3℃ほど気温が低く感じる。
けれど、朝という事もあって、それ以上突き詰める事も出来ずに、奈子は教室へと向かった。
奈子が、剣様に手首を押さえつけられ、壁に押し付けられたのは、まさにその日の放課後の事だった。
「つ…………剣様?」
ほんの10cmほど先に、剣様の顔が迫る。
「あの子、誰だったかしら。ほら、朝一緒だった」
「真穂ちゃん、ですか?」
「そう、その真穂ちゃん」
な、なんか剣様が怖いんですけど。
これは……責められている……?
責められているにしても、なんて眼福。
間近に居る剣様に、ついつい見惚れてしまう。
「どうしてその真穂ちゃんが、あなたのケーキを週2で食べているのかしら」
「…………え。ええと、真穂ちゃんに、クリスマスケーキの試食をしてもらっているからです」
「クリスマス?」
「もうすぐクリスマスじゃないですか。剣様にケーキ、作ろうと思って」
「つまり、そのケーキは、すでにその真穂ちゃんが食べた事があるものって事よね」
「そりゃあ……。剣様には完璧なものをお出ししたいですし」
「ダメよ」
「え?」
剣様の顔を見上げると、その目は真っ直ぐに奈子の目を見ていた。
「一番だって、不味くたって、全部私じゃないとダメよ」
それを聞いて、つい顔が赤くなる。
それは、剣様ゆえの”世界のモノは全て自分のモノ“的な独占欲かもしれない。けれど、ヤキモチを妬かれているようで、戸惑ってしまう。
こんな事を言われたら、頷くしかないじゃないか。
「全部…………剣様にします」
「そう」
そう一言言って、剣様はやっと私の手を離した。
「今日、私の家にいらっしゃい」
「剣様の家に、ですか?」
「試食してあげる」
「じゃあ…………途中で材料買っていかないと」
剣様の言葉が信じられなくて、呆気に取られつつもなんとか受け応える。
「いいわ」
ふいっと横を向いた剣様が、やっぱりヤキモチを妬いているように見えて。
なんだかおかしくなって「ふふっ」と笑った。
普通にヤキモチだと思うのですが、どうでしょう?