108 あなたと私の新しい始まり
文化祭の翌日は、文化祭の片付け日だ。
キャンプファイアーを始めとした使い終わったもの達が、非日常は終わったのだと知らしめるように朝の空気の中に佇んでいる。
早朝。
これから晴れてくるであろう空を眺めながら、奈子は生徒会室に足を運ぶ。
早朝から動き出さなくては、今日中に後片付けが終わらないからだ。
ガチャリ、と社長室のような扉を開けると、窓を開けた部屋に、剣様が一人佇んでいた。
11月の風は、秋の装いで、すっかり涼しくなっている。
剣様を見た瞬間、どうしてもその唇に目が吸い寄せられてしまい、顔を逸らす。
どうしても、気になってしまう。
昨日の事が、甦ってしまう。
「朝川」
剣様に名前を呼ばれ、仕方なく視線を向けた。
どうしてもやはり、素直に顔を合わせる事は出来ないけれど。
「剣、様」
剣様はゆっくりと、私の様子を窺うように、私の目の前まで歩いて来た。
昨日の事を思い出してしまい、動くことなんて出来なかった。
剣様は、恐る恐る私の両手を取り、握りしめる。
その瞬間、まるで何かのスイッチが入ったみたいに、私の全身が熱くなった。
目を合わせるときっとバレてしまう。
剣様が、耳元に口を近づける。
誰も居ないのに、まるで内緒話みたいに。
そして、私にそっと囁くんだ。
「昨日のキス、嫌だった?」
そんな風にされると、背中に電気が走ったように、身体中がピリピリしてしまう。
そしてこんな事を直球で聞くんだから、剣様はずるい。
今顔を上げてしまえば、きっとバレてしまう。
今どんな顔をしていて、剣様をどう思っているのか。
だから私は思いきり下を向いて答えた。
「……嫌なわけないじゃないですか」
剣様につられて、声は小さくなったのに、剣様には聞こえたみたいだった。
剣様の唇が、私の耳元をくすぐる。
剣様とのキスが、嫌なわけがなかった。
どれだけ悩んでも、思い出すのはいつだって、私のそばに居る剣様だった。
嬉しい顔。楽しい顔。苦しい顔。
こんなの、遠くから見守る誰かじゃない。
この気持ちを無視して、“憧れ”なんていう言葉で取り繕おうとしたところで、私が目の前のこの人を嫌いにはなりようがないのだ。
結局、私はどんな時だって、どんな場所でだって、剣様の事が大好きなんだ。
「剣様」
小さく呼ぶと、頬のすぐそばで、剣様が耳を澄ませる気配がした。
「好きです。……好きだって認めるので……。私と……、付き合ってください」
息を吐くような声が出る。
顔は見れなかった。
結局顔は見れずに下を向いたまま言い切ってしまう。
沈黙が訪れる。
今度こそ聞こえなかったのかとじっとしていると、私の頬に剣様が自分の頬を押し付けてきた。
「朝川」
「……はい。剣様」
照れ隠しもあって、普通に返事をした。
耳元で、また剣様の、今度は一際嬉しそうな声がした。
「いいわ。キスしてあげる」
ここでひとまずハッピーエンドという事で!
とはいえ、物語はまだもう少し続きます。