107 あなたに浸る
剣様の事ばかりを考える。
時計は既に1時を越えたところを指している。
真っ白な布団に潜り込んで、頭の中を巡るのは今日あったあの事ばかりだ。
誰とも何も言葉を交わさないまま、後夜祭を終えて、家へ帰ってきた。
…………何を見ても、口のあたりが気になってしまう。
なんてひどい人なんだろう。
私ちゃんとお断りしたのに。
とはいえ、ひどいと言えば、最初にひどい事をしたのは私の方だ。
「好き」だの「キスして」だの言って、いざこうなるとお断りするなんて……。
これじゃ詐欺じゃないか。
タブレットに剣様の顔を映し、じっと見る。
バシバシとタブレットの顔を手で叩く。
そしてその勢いのまま、
『うわあああああああん』
真穂ちゃんにメッセージを送った。
『うるさい。何時だと思ってるのよ』
『そんなこと言いながら、返信してくれるんだから♡♡♡』
調子に乗った事を言えば、すぐにメチャクチャに怒ったスタンプが返ってくる。
『で、どうしたのよ』
『好きって言われた』
『誰に?』
『剣様に』
『それで興奮して眠れないって?』
『それで、お断りをしようとしたらね』
そこで、ひとつ呼吸を置く。
『キス、された』
しばらくの沈黙の後、大きなハテナを浮かべたかわいいキャラのスタンプが、
『口に?』
というメッセージと共に返ってきた。
『口に』
そこで、
『ひゃあ〜』
なんていうスタンプでもなければ絵文字もついていないメッセージが返ってきたところで、真穂ちゃんに吐き出したのは間違いだったかもと思う。
ニヤニヤしている真穂ちゃんの顔が思い浮かぶ。
ニヤニヤしている真穂ちゃんは奈子の想像だけれど、そんな真穂ちゃんに向かって枕をボフボフとぶつけた。
私だって、こんなの想定外で、どうしていいかわからないっていうのに。
一人じゃ抱えきれないくらい、混乱してるっていうのに。
『それで、気持ち悪かったんだ?』
思いがけない真穂ちゃんからのメッセージが目に入って、動けなくなる。
気持ち悪かったかって?
剣様からのキスが?
だってそんなの、聞くまでもないじゃない。
指先で口に触れる。
聞くまでもないじゃない。
それからメッセージを送っていたスマホを投げ出し、天井を見上げた。
真穂ちゃんからはもうメッセージは来ないのかと思っていたけれど、それからしばらくして、
『眠れない夜にどうぞ』
なんていうメッセージと一緒に、おすすめのホラー映画の配信アドレスが3つほど送られてきた。
そのメッセージを眺めて、少し笑いながら、返信する気のないスマホを手に、また天井を見上げる。
白い天井。
どうしてもグルグルと剣様との事ばかりを考える。
横目で、真っ暗なタブレットの画面を見て、それからまた天井を見上げた。
次回で恋愛に決着がつきそうですね!