105 真っ暗な教室(2)
気付けば文化祭も3日目を迎えていた。
今日が最終日だ。
忙しく、剣様にも会わなかったおかげで、奈子の心も更に穏やかだった。
けれど、文化祭の最後まで会わないなんて、出来るものではない。
同じ生徒会で活動しているのだから。
それでも会わない時間は続いて、気付けばもうすぐ後夜祭だ。
「文化祭はどうだったでしょうか。みんな楽しめましたか?」
「でもまだまだ終わりませんわ。皆さん、校庭へレッツゴーですわよ」
放送部の、少しテンションの高い放送が耳に入る。
「剣さん、何処行ったのかしら」
「後夜祭での挨拶にも来ないで」
いつまで経っても顔を出さない剣様に、杜若先輩は業を煮やしていた。
「みんな、最後の見回りの時に、剣さん探しも同時に行ってちょうだい。誰か居たら校庭に出るように促す事」
杜若先輩がピシッと言い放つ。
それは、仕方のない事だった。
生徒会の会長が、大切な文化祭の後夜祭を始めるという時に、スマホの返信もないまま行方不明になったのだから。
それでも私は、出来れば、会いたくないと思っていた。
穏やかな気持ちのままで、せめてこの文化祭を終えたいと思っていた。
そんな風に思いながら、奈子は高等部の校舎の見回りを進めていく。
夕闇が迫る中、一つ一つの教室を開けて回っては、誰かが取り残されてはいないか、隠れてはいないか物陰まで確認する必要があった。
パタパタと上履きの足音をさせながら、廊下を歩く。
剣様の学年……。
少し緊張しながらも、上の学年だから緊張するんだと自分に言い聞かせながら、一つずつ扉を開けていく。
次は、剣様のクラスだ。
予感がした。
離れたいと思っている時こそ、出会ってしまうんじゃないかという予感だ。
そして、その予感は当たる。
扉を開けて、そこに人影がある事にドキリとする。
もう既に夕陽は沈んでしまい、暗くなった教室の中で。
たった一人、佇む人が居る。
長い黒髪の後ろ姿。
すぐに誰だかわかってしまう。
だって、あれほど恋焦がれた人だから。
その人がくるりと振り向く。
長い黒髪がさらりと風に揺れた。
目が合った。
その瞬間、窓の外で、一際大きなざわめきが聞こえた。
後夜祭が始まったのだ。
人の声。
キャンプファイアーの炎。
誰かが挨拶する声。
音楽の始まり。
陽気なダンス音楽がゆるりと流れる。
窓越しに遠くから流れてくる音楽の中で、剣様を目にした。
部屋が暗いからか、ただ、机に寄りかかる剣様だけが、この世界に存在するかのように奈子の目には見えた。
重い沈黙。
奈子にはわかっていた。
今があの告白の返事をするチャンスなんだって。
けど、これを言ってしまえば、この関係は終わってしまう。
これを言ってしまうのは苦しいけれど、いつまでも剣様を私に縛り付けておくわけにはいかない。
普通の先輩と後輩として、ここから始められるだろうか。
「剣様」
呼んだけれど、剣様は一瞬泣きそうな顔をしただけで、返事はしなかった。
「私やっぱり、剣様の隣には居られません」
言ってしまった。
そう、これでいいんだ。これで、いいはずだ。
「そうね」
剣様が自嘲気味に笑う。
「突然あんなこと言って悪かったわね」
さて、この恋愛もいよいよ決着がつくでしょうか。