103 いつもと同じように
目を真っ赤に腫らしたままで学校に行くのと、1日休むのとどっちがましか考えた結果、学校に行く事を選んだ。
もうすぐ文化祭なので、仕事に穴をあけられないというのが理由だった。
こんな個人的な事情で、生徒会にまで迷惑をかけるわけにはいかなかったのだ。
幸いな事に、そんな顔だった事と低すぎるテンションのおかげで、誰も何も聞いてはこなかった。
剣様と出掛ける事を知っていた生徒会のメンバーでさえ、奈子に動物園の事を聞いてくる事はなかった。
生徒会室の作業机の上に、昨日買ったクッキーが開いているのを見つけたけれど、それについて何も言うことは出来なかった。
そういえば、お揃いのキーホルダーを何処にやったか覚えていないな、なんて思いながら、作業机につく。
「今日は私、プログラムの原稿を完了させる予定なんですけど、何か変更ありますか」
声をあげて、生徒会のメンバーに確認を取る。
「ないわ」
声の中に剣様の声を確認して、顔は見ずに作業を進める。
ただ淡々と。
気が付けば、夕陽が落ちる頃だった。
最近は、文化祭までもう間近というところで、帰る時間も遅くなっていた。
プログラムの原稿も出来上がり、先輩達の承認を得ていく。
最後に会長に見せる為、剣様の前まで歩いていく。
それが、あれ以来見る剣様の顔だった。
作業でざわつく部屋の中。
「出来ました」
と、一言口にする。
他の3人の改善案が書いてある付箋については、すでに修正済みで、付箋だけがそのまま貼ってある状態だ。
無言で受け取る剣様を眺める。
そこで、そうか、と思う。
返事をすると言っても、剣様を人前で呼び出すわけにはいかない。それをするには有名人過ぎる。
かと言ってみんなの前で返事をするわけにはいかないし。
実際、普段それほど二人きりになる事はない。
機会があるまでは、話をするのは無理かな。
書類を眺める剣様の視線が下を向いているのをいい事に、その姿をじっと眺める。
ふいっと顔を上げた剣様に、少しだけ緊張する。
「問題無いわ」
と言った剣様の顔があまりにも問題あり過ぎる顔だったので、私の心臓はドキリと跳ねた。
剣様の眉は歪んで、今にも泣きそうな顔をしていた。
……こんな顔をする剣様は、想像したこともなかった。
剣様が……私を好きな事で苦しむ姿を見たかったわけじゃないのに。
けれど、それから話す機会は得られず、文化祭の準備だけは順調に、時間が過ぎていった。
剣様との事で、心臓が跳ねたのもあの苦しそうな顔を見た時が最後だ。
それからは凪の様に、私の剣様への想いは、静かに穏やかになっていった。
「いよいよ文化祭ね」
杜若先輩が言う。
「はい」
菖蒲先輩が、奈子の頭を撫でる。
「朝川は、頑張ったものね。文化祭は生徒会の中でも大きな行事だから、本番も気合を入れましょう」
そして、文化祭がやって来る。
どこに誰のコメントがついてどう修正したのか分かるように、付箋は貼りっぱなしにしてあります。