102 夜
夜がやって来た。
暗い夜だった。
昼の明るさなど知らないとでも言うような、星の輝きもない夜だった。
何の音もしない夜だった。
雨も降らず、ただ静かに雲が立ち込めるだけの夜だった。
奈子は、いつもの日課の事も忘れて、ベッドに潜り込んでいた。
剣様の事しか考えられないけれど、剣様の事は考えられない。
あれはどういう意味だったんだろう、なんて、知っているはずの事を何度も考えた。
他の意味がないかどうか必死で探した。
「友情」「冗談」「私じゃない」
そんな言葉を口に出してみたけれど、剣様のあの表情の前に全てかき消される。
他に意味がない事は知っていた。
だって、私は真穂ちゃんの事は好きだけれど、“女の子として好き”だなんて、そんな言葉は使えない。似つかわしくない。そぐわない。
そんな言葉を使える感情は、ただ一つだって知っていた。
恋愛感情だ。
「好き」「大好き」「愛してる」
剣様が私に向けている感情は、そんな特別な感情だ。
ただ一人、あなただけの隣にいたいと。
あなただけが特別なのだと。
そう言っているんだ。
じゃあ……私は……?
私だって、剣様だけが特別だ。
「好き」で「大好き」で「愛してる」。
それで?
それで、ずっと夢に見てきた。
あの人が私の事を見てくれるのを。
あの人が私の料理を食べてくれるのを。
あの人が私にキスしてくれるのを。
でも、じゃあ、どうしてこんなに怖いんだろう。
あれほど夢に見てきた事が、叶おうとしているのに。
叶えられるというのに。
どうしてこんなに喜べないんだろう。
私だけの剣様になってくれるって言ってくれてるのに。
あの気持ちを疑ってるわけじゃない。
ちゃんとそういう気持ちがあるってわかるのに。
じゃあどうして。
つまり私のこの気持ちは。
本当に剣様の隣に居たいわけじゃ、なかったのかな。
そう、それは、憧れ。
手の届かない人へ向ける気持ち。
手が届かないからこそ、安心して好きでいられる気持ち。
裏切らないから。
勝手に好きでいるだけなら自由だから。
きっと、私が抱いているのはそういう気持ち。
私が「好き」だなんて言ったせいで、迷惑をかけてしまった。
そう思うと、今までの剣様との記憶が押し寄せてきて、また涙がこぼれる。
ぼろぼろと流れるままにしているので、顔の下のスーツはぐしゃぐしゃだ。
答えはもう出ていた。
今日はこのまま泣いてしまおう。
今日だけはあなたの事を想って。
もうこんな風につきまとったりはしないから。
もうこんな感情に苛まれることはないから。
そう。
結局私は、剣様の事を好きになってはいけなかったのだ。
奈子ちゃんは基本的に、寝つきもよく早起きも得意です。