25-5. 名刺
訊いてみると、どうやらTLNとは『Three Letter Nickname』。特に仲の良い親友に感謝と敬意を込めて3文字ニックネームを謹呈する、小作くんのマイルールなんだそうだ。『ミスター数原』とか苗字呼びだと距離感あるし、親近感が湧くからやってるんだとか。
で、今回僕がその権利を受け取ってしまったようだ。
「O・Z・K、これが俺のTLN!」
「成程。いつも言ってるヤツか」
おもむろに胸ポケットに手を突っ込む小作くん、出てきたのは手作りらしき名刺入れ。
テーブル越しに1枚、小作くんから僕に手渡される。
「これをお前に! This is my name!」
「どうも」
……しかしコレ、何も書いてなくない?
よくある名刺とは違うただの白紙。何だこりゃ。
何かの間違いかなと勘繰りつつも――――裏返したらデカデカと『O Z K』。
思わず笑ってしまった。
「T・L・N! 遠慮は欲せぬゥ 一生忘れぬゥ 友の証だぜTLNゥ!」
「……どこまでもユニークな方なんですね」
「面白いじゃねえか! 俺はそういうの好きだぞ!」
「W・O・O! そうと決まりゃ早速決めるぜ!」
……ということで。
突然ですが、僕達のTLN謹呈会が始まりました。
「じゃーさじゃーさ! 最初に私からちょーだい!」
「Y・U・P! まずはお前だなミズ・コース!」
我先にと手を挙げたのはコース。ハイハーイとテーブルに乗り出す。
「お前にはあるぜ とっておきのTLN!」
「ホント?!」
左手には新たな名刺、右手には作業着から取り出したサインペン。
パカッとキャップを外し、名刺の白紙側にペンを向ける。
「ミズ・コース! お前のTLNは……」
キュッ、キュッ、キュッとペン先の走る音。
出来上がった名刺が小作くんの手からコースに渡った。
「謹呈、C・O・S! 呼ばせてもらうぜC・O・S!」
「うおおーイイじゃん! 私っぽい!」
どれどれと名刺を見せてもらうと、白紙だった名刺の表側には手書きのCOS。
表にはCOS、ひっくり返すとOZK。世界で1枚の名刺だった。
「おおコレ凄えぞ!」
「へぇ。こうみるとオシャレな名刺じゃない」
「じゃあ次私がいいです!」
「O・F・C! この調子ィ で行くぞ次ィ!」
そこからは順々にTLNの謹呈が進んだ。
名刺入れから取り出した人数分の名刺、その白紙側に次々とTLNを書き込む。
「ミスター・シン! お前に謹呈 S・I・N!」
「おぉ、ピッタリです! ありがとうございます!」
シンが受け取った名刺には、SINの3文字。
シンプルで分かりやすいニックネームだ。
「ミズ・アーク! 謹呈するぜ A・R・C!」
「フフッ、ありがと。大切にするわ」
アークにはオシャレな英語発音の3文字。
受け取った名刺は財布の中にしまっていた。
「となりゃ俺のはアレだな?」
「ミスター・ダン! お前には想像通りのD・A・N――――と言いたいが」
「……えっ?」
「S・R・Y! 使用済みだぜ壇浦幸輝でD・A・N!」
「マジかぁ!」
壇浦か、同学年の別クラスに居たような。彼に先を越されていたようだ。残念。
そんなまさかの罠に肩を落とすダンに、代わりと手渡されたニックネームは……『TAN』。
「ありがとなオザクさん。……ちなみになんでTANなんだ?」
「N・V・M! 大人の事情ォ 許してくれご愛嬌ォ!」
「そっか。なら仕方ねえな!」
まぁ、ダンも納得したようで良かったです。
……そして、最後に僕の番が回ってきたのだが。
ココが鬼門だった。
「最後にミスター数原――――だが」
「ん?」
「O・M・G! I'm annoyedォ! お前にもってこいのォ TLNが無いのォ!」
「それはやっぱり……先客?」
「Y・E・S! 『か行』ォ は苦行ォ! 残量ォ が僅少ォ!」
頭を抱える小作くん。
……確かにそれは分かる。『か行』の苗字や名前って意外と多いんだよな。名前順のクラス名簿表とか見ると『あ行』『か行』だけで半分過ぎていたりもするし。かくいう僕だってイニシャルK・Kだし。
「え、じゃあさ。K・Z・Hは誰の?」
「K・Z・H イズ 田中一穂!」
「K・H・Rは?」
「笠原琢磨!」
「K・A・Zは」
「大西和馬!」
「……変化球、Z・H・Rは?」
「水堀城!」
ダメだ。変化球でも歯が立たない。
こうなったら下の名前だ。
「計介だから……K・S・Kは?」
「笠上亮丞!」
「K・E・Iは」
「佐川慶!」
「U・K・Eは」
「請井郁生!」
……やっぱり小作くんが言うとおりだ。見当たらない。
というかコレ、年いってから小作くんに会う人ほど厳しい戦いじゃない?
「ハハッ、困ったねー。もう全部埋まってたりして」
「L・O・L! 全部埋めるゥ くらい欲しいぜFriendsゥ!」
冗談で笑ってはいるけど、もし全部埋めるくらい友達できたらすごいよな。
もしAAAからZZZまで全部の親友ができたとしたら、その人数は……アレか。『順列』の組合せを使えば解ける。3桁のそれぞれでA~Zの計26個から1つ選んでいけばよい。となれば式は 26×26×26 =26³。
つまり17576人か。(【冪乗術Ⅷ】使用)。
ともだち1万7000人できるかな。
「まぁ冗談は置いといて。小作くん、僕のTLNは……」
「B・U・T! 俺にはあるぜ最終手段!」
「おぉ。どうやって?」
「A・L・T! KがダメならCで代用ォ これで解消ォ まさに神対応ォ!」
「ほぅ」
成程、確かに。頭いいじゃんか。
納得の回避策に頷きつつ、名刺にサインペンを走らせる小作くんをジッと見守る。
「……完成したぜ」
ペン先にキャップを戻し、作業着の胸ポケットに挿す小作くん。
空いた両手で名刺を差し出す。
「ミスター数原。親しき友ォ これからも何卒ォ!」
「おぅ」
手渡された名刺には、彼から僕への3文字ニックネームが堂々と書き込まれていた。
「C・S・C……」
僕の名前、計介のK・S・Kをベースにしたようだ。
……うん、悪くない。自分で唱えても案外しっくりくる。
「いいじゃんか。ありがとう小作くん!」
「T・H・X! これからは呼ばせてもらうぜC・S・C!」
「おぅ!」
シンはSIN、コースはCOS、ダンにはTAN。
アークがARC、そして僕にはCSC。
こうして、小作くんのOZKとお揃いの3文字ニックネームができた僕達。
彼との仲が深まったのでした。
「……ちなみにさ。どうして苗字じゃなく名前の方にしたんだ?」
「N・V・M! 大人の事情ォ そりゃご愛嬌ォ!」
「そっすか。そんなら仕方ないな!」