25-2. 峠
北街道の標高最高地点、マクローリン峠。
長い長い旅路を乗り切った僕達へのご褒美のような絶景。
息をのむほどの眺望を存分に堪能した僕達は、この旅最後の休憩を終えた。
「……よし。皆、行こうか」
一息ついていたシン達に声をかける。
あとは眼下のマクローリンまで一気に坂を下るだけ。もはや消化試合だ。
「クーゴ、最後の一仕事ですよ!」
「よろ」
「ハッ! 御任せを!」
「あーもー待ちきれない! いくよゴーゴ! ゴーゴー!!」
「わんわんッ!!」
「ハッ! ゴーゴー!!」
「済まねえぞナーゴ、もう一息だぞ! 俺の体重に耐えてくれ!」
「ハァッ、ハァッ……しっ、承知!」
「ナナン。あなたの三役のプライド、見せてあげてよね!」
「無論!」
シンとメネに、コースとチェバに、ダン、アーク、それと旅の荷物を背負った10頭のウルフ隊。長旅の疲労はどこへやら、目先のゴールめがけて飛び出してしまいそうだ。
……さぁ、後続にせっつかれる前に出発しよう。
「行くぞククさん。出発!」
「仰せのままに!!」
峠から盆地の底へ、森を貫くように敷かれた北街道。
重力を味方につけた四つ脚は、まるで階段の2段3段飛ばしのように勢いをつけて石畳の道を下る。
高地の涼風を受けて気持ちよさげに快走するククさん……とは裏腹に、騎乗する僕はもう気が気でなかった。
「ヒャアアァァァァァ!!!」
いやもうね、暴走列車そのものだった。
エッサホイサと坂を上る荷馬車の横を、見せつけるようにすれ違う15騎のウルフ隊。馬もヒヒンと跳ね上がせてしまった。
カーブに差しかかってもノーブレーキ。バイクよろしく体を傾けて駆け抜ける。
おまけに終始僕を襲うジェットコースターのような浮遊感。両腕両足でククさんにしがみつかないと絶対吹き飛ばされてた。
本当に怖かったです。
そんなジェットコースターもビックリの下り坂を無事過ぎれば、山岳都市・マクローリンの入口はすぐそこだ。
「……よし、ククさん。ここら辺で」
「ハッ!」
そう告げると、四つ脚の回転数は段々と落ち着き……やがてゼロに。
後続を走るウルフ隊もククさんに続いて立ち止まる。
「お疲れ様。さすがククさんだ」
「有り難き御言葉」
ククさんの背中から飛び降り、ワシワシ頭を撫でる。
恥ずかしそうにしながらも目を細めるククさん。この4日間の苦労、あとでしっかり労ってあげなきゃな。
「……さて。ウルフ隊、集合」
「「「「「ハッ!!」」」」」
シン達もそれぞれ言葉を交わしたところで、15頭のウルフを呼び寄せる。
三役のククさん・クナン・ナナンを先頭にピッタリ5頭3列ができあがった。
「皆、長旅ご苦労様、ありがとう」
「「「「「ハッ!!」」」」」
「ここからはマクローリンの街中。いつもどおり子犬モードで行くよ」
「「「「「ハッ!!」」」」」
北街道とは異なり、体格のいい成狼を15頭も連れてゾロゾロ歩いちゃ邪魔だ。それに何より物騒。
こんな時は……彼らを文字通り『幼犬』にしてしまえばいい。
「【相似Ⅵ】・1/4 for ens.WOLVES!」
僕自慢の【演算魔法】、今回使ったのは拡大縮小魔法だ。
魔法を唱えるとウルフ達の体がシュルシュルと縮みはじめた。
「「「「「ウオオォォぉぉぉぉん……」」」」」
僕の背丈ほどの高さにあったククさんの鼻が、胸、腰ほどと低くなり……やがてしゃがむほどの高さに。
遠吠えからも威圧感が薄れ、代わりに可愛げが顔を出す。
背丈は¼、幅も¼、体長も¼。頼もしさと逞しさに満ち溢れていた15頭のウルフ隊は、みるみるうちに15匹の幼犬に相似変身した。
「よし。行くぞ」
「「「「「わん!」」」」」
さあ、北街道の終点はすぐそこだ。
「うぉー! 街壁デッカ!」
「きっと街を守れねえんだろうな。こんだけ強え壁じゃねえと」
「そうですね。たったの壁一枚で野生の森ですし」
街と森とを隔てる外壁、横一列に立ち並ぶ巨大な丸太を見上げつつ北街道を歩く。
丸太を立てただけのシンプルで素朴な街壁。しかし頑丈さは言うまでもない。なんたってこの丸太……1本1本が高さも太さもまるで駅前雑居ビルなのだ。
どこにこんな巨木が。どうやって立てたんだろう。見ているだけでも面白い。
そんな丸太の壁を、トンネルのように貫く北街道。
半円形にくり抜かれた穴は、蓋をするように閉じた門と1対の門番が守っていた。
「旅の方々」
「そこで止まられよ」
言われた通り、槍を構える2人の門番の前で立ち止まる。
ヨチヨチ後ろからついてくる幼犬ズもピタリと止まった。
「入街検問をさせてもらう」
「各自、ステータスプレートを」
「わかりました」
【状態確認】。5人合わせて唱えれば、それぞれの手元に青透明のステータスプレートが浮かび上がった。
氏名から年齢・職・HPやMP、ATKやDEFの情報が白文字で並んだプレート。それを合わせて5枚、左側の門番さんに手渡す。
「ご協力感謝する」
「……見たところ商人ではなさそうだな。冒険者か?」
「はい」
「そうか。馬車も使わずとは、随分なご苦労で」
「いえいえ」
右の門番さん、僕達が歩いてきたと勘違いしている様子。
……まぁ、こんな幼犬が僕達を乗せてくるなんて想像できた方が異常だろう。いわゆる初見殺しだ。
「おい、コレ…………」
「ん?」
なんて会話を交わしていると、ステータスプレートを確認していた方の門番さんの手が止まった。
……いや、プルプル震えている。
「どうした?」
「ちょ、ちょっと見てくれよココ……」
5枚のステータスプレート、そのうちの1枚を門番2人で覗き込む。
「この職、まさか」
「……えっ。うそっ、偽装じゃないよな?」
「当然。お前もステータス出す瞬間見てただろ」
彼らの視線が手元のステータスプレートと僕とを何度も往復する。
からのズザザッと後ずさり。堂々としていたハズの門番さんが小動物のように縮こまってしまった。
「こっ、コイツぁまさか……」
「この人……いや。この御方は――――」
どうやら気付いてくれた様子。
……まぁそれもそのハズだ。今この王国内で、この職を持つのは僕1人なのだから。
「すっ……」
「数学、者…………」
「「出たアアアァァァーー!!!」」
どうも。
出ました数学者です。
「南門・開扉!」
「早く、早くしろ! 勇者様方がお待ちだ!」
まぁ、そんなんで入街検問はアッサリ終了。
丸太にくり抜かれた穴、それを塞いでいた門がギギギと音を立てて動き出した。
「あの白衣、外見だけで気付けなかった俺が恥ずかしい……」
「申し訳ありません、先程はあんな口を利いてしまって」
「お気になさらず」
初めて訪れたマクローリンの門番さん方の耳にも勇者・数原計介の話は入っていたらしい。それどころか王国全土レベルで知れ渡っているとのこと。……なんだか恥ずかしいな。
それに年齢に対してやけに強いと噂のシン、コース、ダン。そして風の街・テイラーの名を冠した苗字が全てを物語っているアーク。
勇者に、領主のご令嬢。自分で言っちゃなんだけど門番さん方が委縮するのも同情だった。
「ケースケ・カズハラ……この国を守ってくれる、我等が勇者様」
「もう一生忘れません」
「いやいや」
そんな話の間にも左右の門扉はゆっくり開く。
間から差し込む縦筋の光が徐々に太さを増す。
眩しい逆光で真っ白にしか見えなかった門の先の景色が、徐々に彩色を帯びる。
「「「「「おおぉぉぉぉ……!!!」」」」」
そして、南門が完全に開いたとき。
僕達の目の前には。
「勇者様方、長旅お疲れさまでした。」
「お待たせ致しました」
「「ようこそ! 山岳都市・マクローリンへ!!」」
――――道沿いに何十軒と並ぶ、ログハウス。
1軒1軒が素朴でありつつも、別荘のように美しい。
そこから出入りする人々や馬車で賑わう、石畳のメインストリート。
「すっ……」
「凄え……」
「これが、山岳都市……!!」
まさにファンタジーの世界。
峠からの絶景では見えなかった山岳都市・マクローリンの美しさに、僕達は思わず言葉を失った。