25-1. マクローリン
「……もうすぐか」
ククさんに騎乗しながら、後ろへ後ろへと流れゆく風景。
視界の端、街道の縁に建てられた小さな石碑が目に映った。
「ねーねーダン、今のなんて書いてたー?」
「しまった、見逃しちまったぞ。シン見てたか?」
「街門へ3km、って彫ってありました」
「うおー! さっすがー!」
「だいぶ近づいてきたわね」
シン達の会話が後続のウルフ隊から響いてくる。
期待に胸を躍らせているようだ。
港町・フーリエを出発してから、長いようで短かった5日間。ついに僕達はゴールを目前に控えていた。
……思えばアレももう気付けば5日も前のことか。懐かしさすら感じてしまうよ。
街の西門からフーリエ砂漠へと飛び出した15騎のウルフ隊は、そのまま砂漠地帯を一直線に駆け抜けた。
赤茶色の土と丈の高い草に覆われたサバンナ地帯も駆け抜けた。
青々と茂った芝生が延々と広がる草原地帯も駆け抜けた。
次第に木々が増えて林となり森となってからも、スラロームのように躱しつつ駆け抜けた。
フーリエから街道を辿っていくルートは遠回りだからと、最短距離でショートカットする道なき道を選んだ僕達。当然集落や民家などあるハズもないので野宿の日々だ。
陽が昇ってから沈むまで、ただひたすら移動。
暗くなってきたら火を焚いて野宿。見張り番を交代しながら夜を越す。
で、明るくなったらまた出発。……こんな生活の繰り返し。
正直、疲労は相当なものだけど楽しかったのも事実だ。毎晩の野宿は林間学校みたいで、ククさんに身を任せての移動はジェットコースターみたいで。
久し振りに『冒険者』らしく生きてるって実感したよ。
砂漠から、サバンナ、草原、森へと移りゆく道のりはやがて山脈地帯に差し掛かり、地形のアップダウンも強烈に。……しかし、元魔王軍だったウルフ隊の実力は伊達じゃない。
木々を避けながら谷を下り、沢を飛び越えては丘を駆け上がった。ついには山脈地帯の本気とばかりに立ちはだかった岩肌むき出しの崖も、ククさんはじめウルフ隊は自慢の鉤爪と脚力でヒョイヒョイ突破。足取りは快調だった。
道中で野良の魔物に遭遇することもあったが、そこは統制力バツグンのウルフ隊。ククさんの指揮のもと、僕達が出る幕もありませんでした。
――――こうして今。
街道から逸れてショートカットしていた僕達の旅路も、いつしか北街道に合流。ゴールが近いのは間違いない。
クネクネと続くヘアピンカーブを辿りながら、山間に拓かれた街にむけて街道は高度を稼ぐ。
道の左右から迫るように立ち並ぶ、寒冷仕様の針葉樹林。山の天気の変わりやすさを体現したような厚ぼったい雲。涼しさと湿りけを含んだ風を切りながら、鼻をつまんで「フンッ」と今日何度目かの耳抜きをこなす。
荷物満載の馬車をひく馬はどれも皆、とっくに体力を使い果たしてバテ状態。上り坂にやられて息絶え絶えだった。
もちろん、それはククさん達だって同じ。既にヘトヘトなハズだ。
平地なら数日間は走り通せるウルフ隊をしても、人間を乗せて走るのは体にこたえる。その疲労が溜まり続けた上に、しかも山登り……彼らの健脚もとっくに棒のハズだ。
――――しかし、僕達は違った。
「ククさん、もう少しだ! グングン登るぞ!」
「ハッ!」
4日間の疲労を感じさせない脚の軽やかさで、北街道を駆け上がる15騎のウルフ隊。えっちらおっちら登る馬車を一気にごぼう抜きだ。
彼らが快足をかっ飛ばせる、そんな『秘訣』が僕達にはあるからな。
「……そろそろ効果切れか。ゴールまではギリ間に合わないな」
「同意。勇者殿、今一度願いたい」
「もちろん。任せとけ」
っと、どうやらもう一度『秘訣』に出番が回ってきた。
この旅最後、僕渾身の『秘訣』を――――【演算魔法】を、ウルフ隊の皆に振る舞った。
「【冪乗術Ⅸ】・ATK10 for ens.WOLVES!」
「「「「「……っッ!!」」」」」
使ったのはもちろん、【演算魔法】の代名詞こと性能ぶっ壊れステータス強化。ATKでウルフ隊全員の筋力を上昇させた。
疲労も相当溜まってるだろうし、上り坂だし、何より今までの労いも込めてかなり強力なバフを掛けておきました。
「……グルッ」
ククさんが短く唸る。
おっ、効いてる効いてる。
「忝い! 貴殿の強化魔法……心身に染み渡る!!!」
カッと目を見開くククさん。エナジードリンクをキメたかのような覚醒ぶりだ。
上り坂を蹴る4つ脚にも力が籠もっ――――
「うぉ速ッ?!」
想像以上の急加速。ギュンと身体が持っていかれる。
……あっ。やば、振り落とされる!
「ククさんストップストップ! 速すぎ!!」
「失礼。気持ちが先走った」
正気に戻るククさん、元のスピードに戻った。
……危なかった。なんとか助かった。
いやー、しまったな。ステータス強化、少しやり過ぎたか。
それもそのハズ。今掛けたバフ、『ATKを10乗』だしな。ATK¹⁰。
どの程度かと言えば、元々ATKが2だった人ならば 2¹⁰=1024 。3だと 3¹⁰=59049 。正直、プラス幾つや何倍程度の上がり幅じゃない。
冒険者ギルド内でも最底辺のATKを誇る僕でさえ、一気に 4¹⁰≒105万 だ。もはや怪物でしかない。
……うん、我ながら本当にアホ。アホみたいなステータス強化だ。
ステータスが3桁もあれば『この世界』で偉人級なのに、なんなんだろうねステータス7桁とか。そりゃ上り坂で人を乗せた超疲労ウルフも一撃で覚醒するわけです。
まぁソレは置いといて、もう目的地はすぐそこ。
のんびり山登りする馬車を横目に見つつ駆け抜けるまでだ。
「ククさん、皆、最後まで頼んだぞ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
こうして、坂を上ること数分。
最後のカーブを曲がった先、真っ直ぐ伸びる坂道の先に……光が見えた。
「……勇者殿。見えてきた」
「あぁ。峠だな」
峠。
王都から続く北街道の難所、長い長い上り坂。その終わりが見えてきたのだ。
あれを超えれば、あとは楽な下り坂が待っている。
そして、僕達の目指すゴールが――――山々に囲まれた街が。
「……グルッ!!」
見えてきた旅の終わりに、興奮を隠せないククさん。
抑えていた力が再び4つ脚に流れ込む。
疲れるどころか、むしろギアチェンジのように段々と加速。
ぐんぐんと峠が近付く。
足下の北街道、力を抜けば逆に麓まで転がっていきそうなほどの上り坂。
プラスを向いていた路面の傾きが、徐々に減少し……やがて0になった時。
坂の頂点、峠に立った僕達の眼前には――――壮大な光景が広がっていた。
右も左も、その奥にも立ちはだかる、天を貫くような険しく高い山々。
その中心に広がる、文字通りお盆をひっくり返したような形状の平地。
山肌をくまなく覆う森とを隔てるようにグルリと立ち並ぶ、先の尖った丸太の街壁。
その中に所狭しと建てられた、無数の武骨な石造りの小屋。
その煙突からモクモクと立ち上る、白い煙。
感動。
言葉が出なかった。
「こっ……コレが……!」
――――急峻な山脈、深い森。その谷間に栄えた、山岳都市。
王都ティマクス、風の街・テイラー、港町・フーリエと、それに続く王国第四の街。
盆地に集う職人と工房を、山々が静かに見守る――――
着いた。
……やっと着いたよ。
山岳都市。
「「「「「マクローリンだ!!!」」」」」