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ウルジュ・カフェバーは秘密の外部安全保障局

作者: siro

やっと再就職できた場所がブラックである……なんてことはよくある事だと思う。私の場合も、ある意味ブラックだった。

 ウルジュという世界の外務安全保障局の地球支局日本担当者になってしまった千代、そして優秀な職員の三郎と良太のお話

「ちょっとー! 私の化粧品とらないでよね!」

「いいじゃん、減ってないんだから」


 字面だけは女子の会話ですが、見た目は身長180cmの細マッチョの短髪ガテン系イケメン男子の三郎と、165cmの王子様系の細身のイケメン男子の良太、が洗面所に詰まっている。


「まだ、空きませんかね?」

 かれこれ1時間くらい占領されています。寮というかルームシェアな我が家は洗面所が一箇所しかない。そのため朝は争奪戦です。

 全くもって不便! バストイレは男女別々なのに……。


「もう直ぐ終わるわよ! というか小鳥ちゃん、今日は帰らないから」

 メイクにより顔が美女へと変貌している三郎が振り返ったが、それは聞きずてならない。


「ダメです。クラブは行けません。行かせません。メインの仕事有り〼」

 両手で大きくバッテンをすれば口を尖らせて不満顔をされた。


「えー仕事―?」

「遊びにいきたーい!」

「資料スマフォに送ったのでちゃんと見てください。給料に響きますよ?」

「「ちっ」」

 二人同時に舌打ちとか威力ありますね! でもー無理です。むしろ二人の仕事ですからね!


 そもそも、私が就職したのは、外務安全保証局の雑務作業のはずでした。

 給料は安いが安定しているし、何より昼は社食があり食費が浮く。追加枠でやっと就職できて雑務に追われてやっと慣れてきたと思ったら、まさかの異世界へと職場変更とは思いもしなかった。


「これだから真面目ちゃんは」

「千代ちゃんはもう少し言い方気を付けた方がいいと思うのよ」


 雑音が酷いが……。

 そう、ここは地球という異世界の日本に私はいる。

 この世界の個人情報も名前も支給されてやる事は、地球に逃げ込んだ私達の世界の犯罪者やら動物を強制送還または処罰する……人達のサポートのはずだった。人手不足でほぼ同じ事をやらされているが。しかも、母国にいた時と給料変わらんとか……アップしろ!


 ちなみに、三郎と良太の名前をつけられた二人は、その強制送還または処罰専門だ。こっちの世界に来て女装に目覚めてしまい、日によっては大変な状態になる。


「やっぱり私が一番美しいわ」

 顎をクイっと上げて魅惑的に鏡の前でポーズを決める三郎に対して、良太は小首を傾げてにっこり笑顔のまま毒づいた。

「はっ、ケバいだけだろおばさん! 僕の方が今時女子で可愛いわ!」

 キュルルンとしたポーズで可愛らしく決めた姿はたしかに今時女子で可愛い。


「……はいはい。お二人とも美しくて可愛いですよ。なので、そろそろ顔洗わせてください」

「「いいわよ」」

 振り返った二人は、まぁゴージャス系と、可愛い女性が二人並んでいる。まるで親子みたいとは口が裂けても言えないけど。なんだかんだで仲いいんですよね。


 地球の住まいとして用意されたのは、4階建のおしゃれな建物だ。1Fはコンビニが入り、2Fはカフェバーを私たちが運営している。3、4Fが事務所兼住まい、屋上付きだ。

 とても住み心地はいいし、コンビニが便利ですね。


「ねぇねぇ、千代ちゃん。新しい服買っていい?」

「ダメです。欲しかったらカフェバーの売り上げに貢献してください。売り上げの半分は私達のお小遣いになるんですから」

 こちらの世界のお金を稼ぐために国が用意した土地と建物。前の担当者が頑張って資金繰りをしてなし得た結果だ。ありがたく今も運用させて頂いている。だってお小遣いが発生しますからね。

 やはり現地の通貨がないと、生活に困りますからね!


「ちぇー」

「小鳥ちゃん、あんたまたその下手なメイクで顔出すつもり?!」

 スマフォを眺めていたと思った三郎がすごい顔で人の顔を見てきた。メガネで全て隠せるのだからいいと思うのですが。

「私は雑務担当なので目立つ必要ないですよ」

「私の美意識が許せないのよ!」

「うげ」

 今日は三郎のご機嫌がどうやら悪いご様子。あごを掴まれがっつりとラメ入りのメイクをされてしまった。まぁ、腕はとても良いので綺麗になれるのだが、落とすのが面倒なんですよね。


 2Fのカフェバーはランチの時間帯の2時間と夕方17時から21時までの営業。店内は前任者の趣味で茶系の色調とセンス良く取り揃えられたアンティーク家具で落ち着きのある空間だ。

 ソファー席とカウンター席、そして奥にVIP席のレトロなガラス扉付きの個室つき。隠れ家カフェバーとして、そこそこ人気だ。ランチの時間は雇っているバイトが回し、私たちが出るのは夕方から。といっても上の階に私たちがいるので何かトラブルがあったらすぐに駆けつけられる。

 客が本格的に入ってくるのは18時以降、それまでは2人はまったりとソファに座りながらスマフォに送った今回の仕事内容に目を通していた。


「で、今回の案件は……げー犯罪者」

 良太が嫌そうに顔をしかめた。

「これは……面倒ね。なるほど、元恋人が地球に遊びに来ているのね……それを追いかけてきたの?! しつこい男は嫌われるのよ!」

「ストーカー?! これってストーカーじゃん?」

「ちなみに、その元恋人のリリーさんは店にお呼びしています。20時には来られるそうですよ」

「あらそうなのね」

「ふーん。猫族の子か、じゃーマタタビ用意しないと」

「ダメですよ。この国はドラッグ系厳しいですから」

「えー!」


 事務作業も終わらせて、準備中の札に切り替える時間に下へと降りていく。

 今日の仕込みの確認をしつつ、調理担当のバイトが来れば私はカフェバーに集中だ。

 Openのフダに切り替えれば、ちらほらと客が入ってくる。


 二人は配膳担当。お客の中では女装男子だと気付いている人もいれば、姉弟だと思っている人もいてなかなか楽しく賑やかだ。軽くお酒を飲んで帰る人もいれば、二人と会話したくて来る客もいるくらい。

 二人のことを気に入ってるマニアックな人たちにグッズを作らないかと最近言われてるほど、これは副収入になりそうな予感です。


 気づけば店内に飾ってある柱時計が21時を知らせた。店内に流れる曲もしっとりとしたジャズに変えながらスマフォを確認するも何も通知が来ていなかった。


「ねぇ、こないね。元恋人さん」

 良太がカウンターに腰掛けながら聞いてきた。

「そうですね……」

 店内は常連客で賑わっているが、ラストオーダーは終了。

 とりあえずメールを送るも返信は一向にこない。


「ねぇ、追跡魔法……えーっとあれ、こっちだと、GPS? ついてる?」

「あー……見てみます」

 スマフォからアプリを立ち上げる。この世界でも使えるように、そしてバレないように使うための魔法アプリだ。

 そして我が国で発行された元恋人さんの身分IDを入力すると魔法陣が自動生成されて施されている追跡魔法とこの国のマップと合わせてくれる。


 なんと、点滅先が最寄駅で止まっていた。

「駅には来ていますが動いてないです」

「……僕行ってくるよ」

「お願いします」


 **


 急ぎ足で到着してみると、駅では人だかりが出来ていた。通勤ラッシュというわけではなく明らかに野次馬的な人だかりだ。これはまずい予感しかない。

 中に進めば女子トイレの周りに規制線が貼られていた。

「遅かったか……」


 そして運の良い事に、カフェバーの常連の刑事さんがいるじゃないか。

「高橋刑事!」

「あ、リョウコちゃん。こんな所にきちゃダメだよ」

「どうしたんですか?」

 この刑事、僕の女装顔が好みらしい。女装名の名前だってわかってるのか知らないけど。先ほどまでしていた厳しい顔とは打って変わって、デレっとした顔で近づいてきた。


「いやーちょっと事件でね。お店はまだ営業中でしょ?」

「それがぁー、今日友達が店に来るはずだったんですけどぉ、駅についたって連絡が来てから1時間たっても来なくって、スマフォも反応ないし心配になって来たら……。実は、その子ストーカー被害にあってて。まさか、彼女じゃないですよね? 短髪のオレンジ色の髪の毛に染めている子なんですけどぉ」

「えぁ?! ちょっと待ってて」

 慌てて現場に駆け戻っていく高橋刑事の様子に、どうやら予感的中。

 スマフォを取り出して千代ちゃんに電話をかけた。


「あーもしもし、千代ちゃん。駅で殺られたっぽーい」

『は?!』

「現場に高橋刑事がいるから、もう少し聞いてみる。それと探ってくるね」

『お願いします。擬態魔法の継続もできたらお願いします』

「了解」


 高橋刑事に連れられて、警察署に移動することになった。顔を確認したらやっぱりリリーさんだ。ちょっと魔法が解けかかっていたので掛け直しつつ、用意していた情報をあらかた喋って外に出れば、男姿の三郎が迎えにきていた。

「あんがとー」

「どうもー。上には話をつけておいたから」

「ほーい。千代ちゃんは?」

「すでに現場に行ってる」



 *****


「最悪です。殺人事件なんておこしやがって……残業なんて最悪です」


 隠蔽魔法を展開させながら、久しぶりに翼を出して東京の夜空へ。事件じゃなければ、このネオンの星空が綺麗〜とかできるんですが。今は現場周辺を周回しつつ、逃亡者を探さないといけない。


 スマフォを出して、アプリを起動する。わが国が製作した地球でも使える魔法アプリで魔法陣を生成して展開するもヒットしない。

「はー、大賢者が開発した地球でも使える魔法セット、使えなくない?」

 思わず悪口を言えば、案内人とかいうキャラクターが出てきて怒り出した。

「こういう要らない機能だけは充実しすぎですよ。……って見つけた!」

 マップに獣の血の反応を示すマークが映し出され、点滅表示された。急いで滑空しながら追いかければ、擬態が半分剥がれかけた男が暗い裏路地で座り込んでいる。

 10月だったらハロウィンの仮装にみられるが、いかんせんこの時期ではない。大きな耳と牙が丸見えだ。


 男は両手を赤く染めながら荒い息を繰り返しながら呟いている。

「くっそ……こんなはずじゃ」

「あーよく犯罪者が言うセリフですね。聞き飽きました」

「?!」

 勢いよく振り返った逃亡犯の男は、睨むようにこちらを見上げてます。屋上の鉄格子に足をかけながら距離をとってますが、ちょっと危険そうですね。


「ちっ、比翼族か! 腕力はないだろ!」

 さっそく喧嘩腰です。相手の気配に急いで飛び立てば、さっきまで足をかけていた鉄格子が噛み砕かれていました。いやー顎の力強いですね。


「確かに戦闘能力はありませんねー得意なのは逃げる事と、お知らせする事です」


 犯人の後ろを指差せば、右腕だけ本来の真っ黒な筋肉姿に戻した三郎の手が犯人の男の頭を掴み沈み込ませ、ドスの効いた三郎の声が響いた。

「ちょこまか逃げやがって!」


「いやー流石魔人、凄い」

 テキパキと呪いの縄で締め上げていくが……何故か芸術的な縛りをしていく。これは亀甲縛りでは?


「一丁上がり! で、偽装工作は?」

「……ドワーフの方に作って頂いている体に空きが有り、無理心中しようとして死亡という事で処理するそうです。遺書はスマフォで作成済みです」

 犯人の写真を撮り、偽装工作担当の良太に送ればグッドマークが送られてきた。


「千代ちゃん、こいつスマフォ、持ってるわ」

「本当ですか、では送りますね」

 犯人のポケットから取り出したスマフォに魔法のマジックで転移陣を書き込み、大賢者アプリで撮影すれば魔法が発動し、良太がいる場所へと転移した。消費すると消える魔法のインク。


「はー久しぶりにこっちで事件起こされたわ……」

「ですね。本部からの情報だと昨日脱走して、こちらの世界に来たという話だったんですが……。元カノ見つけるのが早すぎません? こんなに人が多い場所で鼻ってきくもんなんですか?」

「だな、日付を操作したのかはたま……」

 仲介業者がいそうな気がしますね。リリーさんがこちらに来ているなんて情報、刑務所にいたはずの犯人が知るはずないですから。困りました。



 報告書と始末書も書き終わり、犯人も送り届けリリーさんの遺体も本国に送るという程で無事元の世界にも戻せましたが。

「意外に目立ちすぎですね」

 良太にお願いした偽装工作は、すぐに見つけられる場所で行ってもらいましたが、動画を撮られて朝のニュースになっていました。


 半狂乱でリリーさんの愛を訴えて自殺という確固たる証拠を作ってくださったので疑いようもない状態ですが、がっつり撮られすぎていてちょっと……。


「最近派手な演出に凝りすぎじゃなぇーか?」

「確かに」

「えーー! だってストーカー男だよ? このぐらいやらないと、怪しまれちゃわないか?」

 今日は二人とも男モード。三郎はGパンにVネックのシャツにごつい時計に短髪姿だ。良太はウルフカットの襟足長めの髪型で原宿にいそうな感じだ。


「まぁ、最初の事件が目立ってしまいましたね。……せっかくの異世界旅行だっていうのに、クソ男のせいで」

 異世界旅行はかなりお金がかかります。まず通貨をこちらの世界に合わせないといけないですし、見た目もこちらの人に合わせる魔法と何か問題が会った時のために追跡魔法必須です。

 何より転移陣の稼働にもお金がかかるんですよね。


「向こうの公安は何しているですかね?! 犯人がこっちに来た時の転移陣まだ見つけられてないそうですよ!」

「おぉ……千代ちゃん激おこだ」

 怒りたくもなりますよ。上に送った報告書の返信に対して、まだ見つからないからそっちでも探してねとか来やがりましたからね。


「てことで、仕事ですよ!!」

「「ん?」」

 二人にムカつく返信を転送すれば、二人も苦い顔だ。


「じーまー? 駄犬すぎじゃん?」

「公安無能すぎない? 犬族(あいつら)の鼻ぶっ壊れたのか?」

 二人とも公安とは仲が悪いみたいですね。まぁ、私も嫌いですけど! あいつら犬族はかたっ苦しいやつらばっかりなんですよね!


「という事で、明日の定休日は調査日です! それと、良太さんは今日、高橋刑事を誘惑して犯人の足取りを掴んでください! 差し入れ作るんで!」

「はーい」

「じゃー俺は他の情報探してみるかなー。誰かしらネットにアップしているだろうからね。何か落ちているでしょう!」

「お願いします」


 サンドイッチを大量に作り、コーヒーも作りまくって女装した良太に持たせれば、2時間後にはニコニコ笑顔で戻ってきました。

 カウンター席に座って可愛くポーズを決めながら。

「情報見てきたよー。ついでに監視カメラの映像もばっちし確認したよ〜」

「ありがとうございます。で、どうでしたか?」

「犯人は、副都心線を利用してた。新宿乗り換えでこっちまで来たって感じ。新宿駅構内はちょっと見れなかったけど都内から来たのは確かだね、警察は大久保あたりに住んでたって結論づけちゃったよ。スマフォの電話帳の住所がそこになってた。あと、スマフォは秋葉で買ったものらしい。しかも1年前。あとはどう調べるかだねー。腹すいたー」

「ラジャです。ガパオでいいですか?」

「いいよー」


 週替わりメニューの残り物ガパオライスとコーヒーを出しながら、カウンターにタブレットを置いて地図を開いた。


「一年前って事は仲介者はすでに1年も前から住んでいるって事ですね」

「だねー。もしかしたら移住者が怪しいかもね」

「それは困りましたね。こちらの世界に移住された方はこの数年で五十人ほどいます。査定もしっかり通った人だけなんですがね」

「え、そんなにいるの?」

「結構人気みたいですね。まぁ、その代わり制限もいろいろ付けられますが。まず、魔法が使えなくなりますし、我々の世界については話せないように呪いも付けられます」

「ふーん。それ解除しちゃう人いないの?」

「不可能だと思いますが。私も魔術に精通しているわけではないので」

「そっかー」


 あっという間にガパオライスを平らげた良太はコーヒーも飲み干してマップを拡大したり縮小したりして考え始めた。

「そういえば、三郎は?」

「バックヤードでパソコンと睨めっこ中です」

「そっかー……なんで、副都心線つかったのかなー? 山手線でもよくない?」

「確かに、初心者に新宿の地下鉄って難しいですね」

「だよねー」

「「地下鉄構内で誰かと会っていた」」

 思わずハモってしまいました。そして、バックヤードに籠っていた三郎も出てきました。


「面白い情報を見つけたぞー」

「本当ですか?!」

「なんと、高尾山付近でUMAの目撃情報があった。それと、新宿駅の地下で事件と同じ日に変な男を見たとかいうSNSの画像付きの投稿もあったぞ」


 そう言って見せられた画像は犯人の男の不完全な状態の変装姿だった。耳はとんがっており、髭面姿で地球人としてはちょっと怪しいし、この日本ではとても目立つ外見だ。


「高尾山……山の中に転移陣ですか」

「だが、仲介人はこの都心にいる」

「みたいですね……」

 画像には後ろ姿だが、スーツ姿の男が映っている。そして紙袋を渡しているようにも見える姿。きっとあれにスマフォや着替えが入っていたのだろう。



****



「はぁ、これが事件じゃなければ気持ちのいいハイキング日和、そしてビールが飲めたのに……」


 今日は男性姿の良太の嘆きを横で聞きながら、自然豊かな東京の山を登っていた。


「同感です。といってもビヤガーデンはこの時期開いてないですよ。夏季限定です」

「まじぃ?」

「おらぁ! 二人供くっちゃべっていないでサクサク登る!」


 顔を上げれば、もうすでに上まで登っている三郎がまっている。

 なんでおしゃれな革靴に派手なシャツを着た、新宿歌舞伎町にいそうなヤバイ男性があそこまでサクサク登れるのか。こっちとらちゃんと運動靴と登山用の格好で来たのに、思わず良太と顔を合わせれば、アイコンタクトでわからんと返されてしまった。というかもう空飛びたい気分だ、隠蔽魔法は犯人を捕まえる時や緊急以外は使用不可とかいう謎の規約があるため使えない。

 


「こっちだな」

 三郎は魔人特有の能力で何かを感じ、それを追っている様子。しかも、途中から山道から外れ始めて最悪すぎます。


「こっち道ないじゃないですかー本当にそっちですか?」

「そんなところに本当にあるの?」

「二人とも……。この中で魔法の痕跡わかるのは誰だ?」

「「三郎様ですー」」

「じゃー黙ってついてこい!」

「うげー、元の姿に戻っていい? ねぇ、戻っていい?」

「私、空飛びたいですー」

 きっついです。人の姿で山登り、舐めてましたわ。もう自然多すぎない? いつもは便利な都内に住んでるんですからね。


「……あのなー! 二人とも体力つけろよ!」

「筋肉バカな魔人に言われたー」

「脳筋魔人に言われたー」

 二人でギャーギャー言っていると、三郎の足が止まり笑顔で振り返った。


「黙ってついてこい?」

「「はーい」」

 ちょっとやり過ぎてしまったようです。そのあとはひたすら本当の登山です。明日は筋肉痛ですね。

 そして、山登りした甲斐がありました。山奥に転移陣がありました!! しかも小さな社の前になんて、罰当たりすぎですよ。


「この綺麗な術の書き方は、公務員の人間ですね。」

 正確に書かれているだけでなく、インクも政府が作っている特殊インクが使われていますね。

「はぁ、最悪だな。内部で手引きしている奴がいるって事は、下手したら報告した瞬間にバレるな。まだ機能するぞ、これ」

 三郎が魔法陣を触りながら考え込んだ。


 良太に袖を引っ張られて振り返れば、遠くの方をみながら言ってきた。

「ねぇ、千代ちゃん」

「何ですか?」

「誰か来るよ?」

「え?!」

 慌ててスマフォで隠蔽魔法を発動させ、大きな木の上に移動し、3人で静かに待っていると、登山姿の男性が登って来た。そして社にお供え物をすると去っていったのだ。

「管理人か?」

「かなー」


「……違います。犯人ですね」

 まさか此処では会うとは思いもしませんでした、忘れたくても忘れられない顔です。


「なんでそう思うの? って、千代ちゃん凄い顔しているけど?!」

「あの男と何かあったか」

「……元彼です。振られましたが」

「は?!」

「なんで? 千代ちゃんフルの?!」

「バカな女は嫌いだそうです」

「え?! 千代ちゃんバカじゃないよ! ねぇ三郎!」

「あぁ」

「まー比翼族の中ではバカですよ、容姿もブスですから」

「ちょっとちょっと落ち着いて。え?! 闇落ち?!」

「とりあえず小鳥落ち着けや! 良太はさっきの男を尾行!」

「お、オッケー! 千代ちゃんよろしく」


 三郎から軽く頭を叩かれて正気に戻りましたが、いけませんね。恋愛ごとになるとダークマターが出てきちゃいます。それよりも社に置かれたものを確認すれば、お供え物に見せかけた変装魔法と地図でした。やっぱり地下ホームで受け渡しなんですね。

「これは大きな組織が後ろにいるな」

「ですねー」

 とりあえず転移陣を少し書き換えて、元の世界の本部の庭に飛ぶように変更しておきました。きっと縛り上げてくれるでしょう。というかさっさと見つけてこいやって感じですね。



 自宅に戻れば、良太はすでに戻っており犯人の自宅を見つけたそうです。そして机には梅酒ロックとウィスキーが並べられました。

「で、洗いざらい喋りな。小鳥ちゃん」

 一気に一杯呷って胃が熱くなるを待ってから口を開きました。飲まなきゃ言えないですよ。空になったコップにはまた並々と注がれましたが。


「……まぁ、サクッと言いますと、前の職場で付き合っていた文官の男性アダルブレヒトですね。自分の羽をプレゼントしたら受け取ってくれたんですが、数日後に振られて、闇落ちしている間に退職され、そのまま消息不明というか探す気力もなく……です。」

「は?! 羽あげて振られるっておかしいだろ?!」

 三郎は意味がわかっているようです。良太はさっぱりわからないという顔をしていますね。


「どういう事?」

「比翼族が自分の羽をプレゼントするって事は求愛行動なんだよ。つまり婚約してくれってこと、受け取っておいてフルとか最低じゃねーかそいつ! 羽は返してもらったのか?!」

「ないです……」

「魔力が篭った羽だろうが!」

「だって!! 振られたの職場全員に知られたんですよ! 結婚はいつって聞かれてた状況で!」

「あぁ……」

 針のむしろですし、同族にはいい笑い者にされ、逃げるように私も辞めました。本当最悪な思い出です。思わず梅酒を呷れば、すぐにコップいっぱいに満たされました。


「つか、あいつ最低じゃん! こっちの世界で家庭持ってたよ?! ほら!」

 良太がスマフォの画像フォルダーを開いて見せてくれましたが、一緒に写っている女性知ってますよ!


「はぁー……この女性、私達の世界に迷い込んだ人ですよ。保護したの覚えていますから……そうか……確かに帰還した日と合致してるわ」

「は?! 待て待て?! て事は、この女と出来てて、小鳥を振ってこっちの地球に移り住んだってか?!」

「でしょうね。そりゃ査定はすんなり通りますよ。城の文官ですし。最悪ですね……って子供いますね。小さい自転車がある」


 こっちの世界でサラリーマンをしているとか、エリート文官だったのにびっくりです。プライドが高い人だと思っていましたが、愛の力では関係ないのかもしれない。

「はぁ"あ"あ"あ"あ"……」

「おぉ……飲め飲めー」


 久しぶりにグダグダになりながら飲んで、ソファでごろ寝していると三郎がウィスキー片手に横に座った。

「小鳥は復讐したいか?」

「……げっちょんげっちょんに鳴かせて跪かせてやりたいですね!!」

「ぷっ素直だな」

「当たり前じゃないですか、別に私、お優しくないので、可愛げもありませんし! 羽も取り返さないといけないですし!」

「そうだな。その意気だ小鳥」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、ちょっと頬が膨らんでしまいました。


*********************


「ねぇ、アダルブレヒト。その女なに?」

「ぇ……」


 公園に似つかわしくない場所に現れたゴージャスな女は顔を青ざめるアダルブレヒトと訝しむ奥さんの前で仁王立ちしていた。不思議そうな顔をした男の子。興味津々な周りの雰囲気、まさしく修羅場である。


「裏に連れ込んでボコボコじゃ駄目でしたか?」

 ワゴン車の中から様子を観察しながら、三郎主演の修羅場観戦となってしまいました。ちなみに私のボコる案は却下されました。


「意外に千代ちゃんって血の気多いよね」

「そうですか?」


 パンっという良い音と共に、三郎の平手打ちがアダルブレヒトの頬に決まりました!

 奥さんは怒り狂ってアダルブレヒトを殴り、彼は慌てて公園から逃げ、それを追いかける奥さん。


「おい、あの子供おかしいぞ」

 ワゴン車に戻ってきて早々三郎が告げた言葉に驚きました。

「え?」

「地球人じゃない」

「まじで? とりあえず僕はそのままあの夫婦追うよ。千代ちゃんは子供よろしく」

「えー私が「千代はこっち」」

 三郎がカツラを外しながら言われました。良太は嬉々として夫婦を追いかけていきます。


「では、子供を回収してきますよー」

 ワゴン車から降りて子供を探しにいくも、さっきまでいた場所にいなくなっていました。周りの人に聞くと、両親を追いかけて行ったと、いやいやさっきまでココにいましたよね。


「まずいです。地球人じゃないとしたら何でしょう?」

 周りの道を探しても、子供の姿がありません。三郎と一緒に探しながら、彼らの家に一応向かうとそこでは良太が起こした第二の修羅場が起きていました。


「あれだけホスト遊びをやめろって言っただろう!!」

「貴方が帰ってこないからでしょ!」

「こっちは必死に働いて稼いでるんだぞ! 異世界で!」

「だいたい、私のパパのおかげでこっちでも仕事を貰えてるくせに!」


「うっわ……えげつない」

 思わず声に出してしまいました。良太は今日は美男子な姿で間男を演じているそうです。というか、実際に奥さんはホスト通いしてたとか。

 彼女お嬢様だったんですね。あいやー……。


「お前の遊ぶ金を稼いでるんじゃないんだよ!」

 ぶちぎれたアダルブレヒトが椅子を壁に投げつけて壊してしまいました。


「お邪魔しますよー」

 扉をノックしても反応がなく、部屋に入れば睨まれました。そうですよね。

「あ、千代ちゃん。いらっしゃーい」


「なんなんだ! お前は!」

「また貴方の浮気相手?!」

「は? お前だって浮気してただろうが」

「私は浮気じゃない! 遊び相手よ!」


 無理です。無理です! 昼ドラは無理です!

「なんっゴフっ」

 一発顔面殴ってアダルブレヒトを黙らせることにしました。

「アダルブレヒトさん。とりあえず、貴方を捕まえますね」


「千代ちゃん……」

「これだから小鳥は……」

 二人の呆れ声が後ろから聞こえますが、これが一番手っ取り早いです。ひとまず、家を家宅捜索して私の羽を探すも見つからず。伸びたアダルブレヒトに聞き出すしかない様子。奥さんの花奏さんもカフェバーに連行です。

 そして子供はやっぱり見つかりません。


「私が言うのも何ですが、お子さんの心配しなくて良いんですか?」

「知らないわ。私の子じゃないもの」

「え?」

「よくわからないけど……気づいたら私の子供としていたの」

 呆然とした様子で話す姿に思わず良太と三郎を見れば、二人も意味がわからないという表情。


「はい?」

「んー……気づいたら自分の子供として認識しているという事は幻獣かもしれないな」

 三郎の言葉に嫌な予感しかしないです。

「とりあえず、こいつの意識戻すぞ?」

 椅子にガチガチに縛り付けたアダルブレヒトの意識を回復させると、最初は暴れましたが三郎の一括でおとなしくなりました。


「で、どうして不法侵入の斡旋なんてしたんですか? 証拠は上がってるんですよ」

「……元の世界に戻るために、あと金を稼ぐために」

「は? こちらで生活する覚悟を決めて移住したんですよね?」

「それは! こんなに魔法が使えなくなるとは思わなかったんだ!」

「「……」」


 思わず頭を抱えてしまいそうになりました。眼鏡を外して目頭を押さえているとまさか本名を呼ばれました。

「君は! ルキフェル! あぁ!! 君にまた会えるなんて!」

「誰ですか? 知らないですよ」

「いいや、君はルキフェルだ。 そうだ! exsolvite ルキフェル」

 彼が唱えた瞬間拘束が解け、手の中に羽が現れた。人の名前を使って魔法を使うなんて……。


「ほら、俺は君の羽をまだ持っているんだ。君の近くだと威力が増す」

「は?」

「やり直そう」

 両手を掴まれて懇願する姿に、昔の自信に満ち溢れていた彼の姿とは雲泥の差で一瞬にして心が冷めたのを感じました。

「……」


「あぁ、地雷踏んだな」

「千代ちゃんヤバヤバ?」


「……やり直そう? は? バカかお前」

 そう口からするりと出た瞬間に彼の股間を蹴り上げ、顎パンチをお見舞いし、羽を奪い返してました。


「お見事」

「すっご」

 後ろで二人から拍手をいただきましたが。


「なんでしたっけ、あぁあれだ。公務執行妨害。強制逮捕です。良いですよね?」

「良いと思いまーす」

「うん。本人も帰りたがってるしな」


 彼は元の世界に戻し、監獄へ収容しました。しかも、消えた子供は、組織が寄越した幻獣で、指示の受け取りはその子供経由とか!

「幻獣って見つけるの難しいですよね?!」

「あぁ、せめての救いは草食の幻獣って所だ。これで肉食だったら地球人に被害がでる」

 三郎の言葉に恐怖です。


「とりあえず、種族がわからないから。ウルジュから幻獣が好きだっていう食物取り寄せて、罠仕掛けてみたけど」

「こちらの世界の野菜に嵌ってなければ良いですが」


「とりあえず実行犯を捕まえました。組織があると言うことが分かっただけでも成果です。花奏さんの記憶も消去できましたし」

「「お疲れ様!!」」

 三人でお酒を掲げて祝杯です。


「過去の古傷も清算できましたし!」

「しばらくは何も起きないで〜」

 良太の言葉を聞きながら今日は店仕舞い。


 いかがでしたか? 異世界ちきゅう暮らしもなかなか乙なものですよ。

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