その8
昨夜の襲撃で破壊された屋根を修復するため、マニと村長と俺は現場作業している。と言ってもこの作業は、俺にはできない。
屋根はエネルギーフィールドだが、魔法でこれを展開しているそうだ。魔法を使うシーンを是非見てみたかったので、炎天下の中をわざわざ現場までついてきたわけだ。
「この世界に満ちる神力よ、我を飛翔させる翼となれ!!」
村長の体が宙に浮き始めた。30cmゆっくりと浮遊した後、かなりのスピードで機能していない屋根の部位まで空中移動した。エアフロウという魔法らしい。
「エアシールドを、あそこに見えるマナ・ジョイントに展開することで屋根全体のフレームにシールド展開出来るようになっているのよ。」
昨夜のような虫に対地攻撃されるのを防ぐためのアイディアらしい。このシステムのお陰で、飛行型の虫からの被害を昔の1/10まで抑えられるようになったらしい。ドーム中央の菱形をした掌大のオブジェが、マナ・ジョイントらしい。
発案者は村長で、近隣の村でもこの魔法技術を応用しているそうだ。彼の地域的貢献度は有名で、アルタレスの名前は有名だそうだ。
「・・・我を守護する鉄壁となれ!!」
かなり距離が離れている割に、結構強い風が村長の居る上空から吹き付けてきた。これがエアシールドという魔法らしい。
「空気を内側から外に向かって放出しているのよ。従来のエアシールドは、そういう性質は持たないのよ。」
マニが、目の前で魔法を展開して見せた。タワーシールドサイズの、空気の断層が目前に展開する。確かに気流は感じないし、昨夜屋根から侵入しようとしたときの、あの反発力も感じない。
「もしかして、そのマナ・ジョイントの機能なのかな?」
「そう、その通りよ。あれはお父様の魔石クラフト技術の集大成よ。あのシステムを取り入れたことで、密閉状態の壁の内部に空気循環とある程度の温度調節機能を持たせられるようになったのよ。」
おーお、スゲエ。確かに今までの外の環境よりは断然涼しいし、風も自然に流れている風だ。これで外敵から身を守れるんだから、正に一石二鳥、いや三鳥のスグレモノだろう。しかし、それならば何故...
「昨夜の虫は、どうやって侵入できたのかなあ?」
当然の疑問だよな。マニの顔が少し曇る。
「それはだね、あのフライビーを含む数種は、針の貫通力が尋常ではないんだ。」
作業を終えた村長が空から降りてきた。流石に専門家だけあって、研究による理論の検証がしっかりされている。
「魔力の大小で多少強度の違いは出るが、エアシールドは基本的に刺突攻撃に対して弱く、元来脆いのだよ。人間の力では到底破れるものではないのだがね。特に昨夜のフライビーは貫通力特化している虫で、サンドテクタイト30cmの壁も容易に貫くのだよ。」
なんだそれヤバいな。高速徹甲弾射撃をしてくる訳か。サンドテクタイトってのは、外壁の砂岩の事だ。今朝がた教えてもらったばかりなんだが。
それはそうと、長さの単位も同じなんだなこの世界。結構共通点があるな。
「危ないなあ、それって射程はどれくらいなの?」
「ざっと20m位よ。視認不可能な距離からなら、私たちもとっくに生きていないわね。」
そうでしょうよ。徹甲弾並の貫通力で狙撃なんて悪い冗談でしょ。まあせめて毒がないのが救いか...。
マニがふっと遠い目をする。
「これのせいで、私とお父様はこの地域から離れられないのよ。お陰で、色々生活には困らなくなったのだけど。」
「他に魔法を使える人は居ないのかなあ?」
「それは居るのだが、マナ・ジョイントを製作、交換する為の魔石クラフトを出来る者が居ないのだよ。何人かに教え込もうとはしているのだが、魔法の才能とクラフトの技術を両方取得している人材は都でも博士クラスだな...」
さりげない自慢が入っていた気がするが、確かに両者とも習得が難しそうな感じだ。魔法は才能がなければらしいし、魔石クラフトは一種の錬金術みたいなものらしいし。
専門知識がないと難しいのだろうと、村長たちの話を聞いて理解できた気がする。中々こう言った都合のよいアイテムは発明すること自体が困難だろうしな。村長親子の苦労がな...。
「そう言えば、マデュレ氏はこう言ったことは出来ないのだろうか?」
「ああ、それね...」
二人とも沈黙してしまった。偉大な親の息子は、苦労するよな...やはり、彼は無理をせざるを得ないのだろう。恐らく今回の騒動も、自分の存在意義をかけての防衛だったのだろう。
かく言う俺も、昔は何も出来ない駄人間の代表だったからなあ...。
広場を横切り、村長は他の異常はないか調べるように村の若者へ指示を出しに行ってしまった。
マニと家に向かって歩いていた。すれ違う人達の視線が集まる。まあ訳の分からない服装に黒髪丸刈りで日本人風の顔立ちの俺の顔は、珍しいだろうからな。皆早く馴れてくれないだろうか。
近くを反対方向にすれ違った子供たちは、追いかけっこをしているようだ。マニが目を細める。
「危ないから気を付けなさーい!」
後ろから声をかけられた子供たちは「はーい」と良い返事を全員が返してきた。
しかし次の瞬間、一番前の子供が俺の顔をじーっと見ていたせいで躓いた。連鎖的に全員が転がってしまった。マニが駆けつけて安否を確認する。
男の子たちが痛がっている中に、半べそをかきながら口をへの字に結んでマニを見上げている女の子がいた。膝を擦りむいて出血していた。
あまりの可愛さに頭を優しくポンポンと撫でる。こちらを見ると彼女は無理矢理くしゃっと笑って、
「ライエね、マニ姉様のようになるの!だから泣いてないよ?」
「おーお、すごいねえ。きっとなれるともさ。」
埃を優しくはたき落としてあげると、ライエと名乗った子は「ありがと!」と元気良くお礼を述べた。年頃は5歳位だろうか。銀色の短髪でクリッとした目の、気の強そうな子だ。マニがニコニコしながら俺の方を見ていたが、ライエに
「私みたいになりたかったら、まずそこで転ばないんだよー?」
とか無茶振りを。ライエはプーッとほっぺを膨らませて「転んでないもん!」とプイッと後ろを向いた。メッチャ可愛いなあ。(笑)
「どれどれ、ちょっと診せてごらん。」
怪我を診る為に、その場で彼女を座らせる。結構広い傷口だ。自然治癒には時間がかかるだろう。分子クラフトの出番だ。
「傷口の修復。」
パチンと指を鳴らすと、一瞬光った後に傷は消えていた。子供たちの目が丸くなる。
「おおお兄ちゃんスゲー!魔法使いだあ!」
子供たちが色めき立つ。他の子も、順番に並ばせて怪我を回復させた。マニはさらに驚いていた。
「本当ね、魔法ではない。無詠唱とかは見たことありませんしね。どうなっているのかしら?」
最後の子を治療し終えると、ライエが近づいてきて「お兄ちゃん大好き!」と足に抱きついてきた。ほほう、この歳でお目が高い。いやいや、ロリコンじゃないからなっ!(笑)
「さあみんな、もうおうちへ帰りなさい。暗くなるから寄り道しちゃダメよ!」
マニに言われて、はーいと元気な返事をした子供たちが走り去って行く先の壁が、夕暮れの太陽でオレンジ色に染まっていた。
砂漠の黄昏時は美しい。彼女の笑顔が夕日色に輝く。「子供、好きなんですね。」とか言われてしまった。はい、そうですが何か?(笑)
村長の家に帰ると、マデュレが大分具合良さそうにしていた。今朝がたよりは明るい表情になった。村長家秘伝のドリンクを飲んだとかで、血の気が増えたらしい。
「姉さんお帰り。クラフターさんも。」
マデュレは、結構人懐こそうな雰囲気を醸し出す奴だった。なるほど、やはり戦闘向きな雰囲気ではないなあ。
マニが心配そうに、具合を聞いていた。もう大丈夫だと彼は言っていたが、クラフトモードで確認してみたら、バイタル回復率67%とか微妙な回復度合いだね。無理させちゃいかんだろう。
村長は、マルタと一緒に夕食の支度をしているようだった。ここのうちの夫婦は、仲が良いなあ。前次元では経験できなかった、見られなかったシーンが確かにこの世界にはあった。
これが俺の体験するべき事柄なんだろうか。この家族の日常が、俺にとっては永遠に見続けていたいシーンだった。
激ウマな夕食が済むと、マニが子供たちの事を食休み中に話していた。村長が笑いながらそれを聞いていたが、
「そう言う事なら、クラフターさんは明日忙しいかもね。」
と、予言めいた事を言っていた。何となくどういう意味かは分かったし、実はそう言う目的も込みで治療したんだけどね。明日どうなるか楽しみだ。
次の日、朝食を済ました俺とマデュレは、サヴィネの家に向かった。会いに行くと約束したのもあるが、今日やろうとしている事で庭先を貸してもらえないかを相談に行くのだ。家から数分の所なので、すぐ到着した。
「あら、来て下さったのですね、どうぞお入りください。」
「やめてくれよう、俺はそう言う喋りが苦手なんだ。普通にしてくれよなあ。」
「はいはい。マデュレもいらっしゃい。」
「やあ、サヴィネ。調子はどうだい?」
いやいや、調子を聞かれるのはあんただろう。
「ふふっ、別に悪くはないですわ。」
サヴィネが優しそうな目をする。マニも俺がここへ出掛けると言い、マデュレが一緒について行くと言ったときには意味がありげな笑みを浮かべていたな。
やはり二人はそう言う関係なのだろう。少し焼き餅焼くなあ。サヴィネは綺麗な人だし。まあ、俺的にはこいつもカッコイイからお似合いなんだけどさあ。後でマニも来るそうだ。
村長には、俺を訪ねてくる人が居たらこちらへ来るように言っておいた。サヴィネが独り身だと言うので話し相手にと最初は思ってたのだが、その役割はマデュレが果たしてくれるだろう。
彼もよい口実ができたみたいだし。ヤレヤレ、異次元に来てまでキューピッドやらされる羽目になるとはね...。
「今日は、ここに他の人も来ると思うんだよ。実は先日ここを借りてマデュレを治療したとき、使いやすいと思ってね。この軒先で良いから、貸してくれないかな?勿論御礼はするよ。」
俺は頼み込んだ。需要がある保証はないのだが、住人が困っているのを助けるのが、この村に早く溶け込む道だと思うから。仮設の治療院を設営するわけだ。
「知ってるわ。さっきマデュレから連絡があったから。」
そうか、道理で朝早いのに都合良く庭先に出ていた訳だな。そう言えば村長と村人達も、連絡している風ではなかったのに広場へ集まっていたな。
不思議そうな顔をしていたのか、サヴィネが「ああ、そうか」と言うと、説明してくれた。
「やっぱりメッセージをキャッチできないのですね?他の種族の人だと違うのかしらね...」
「え?メッセージ?」
「我々は、距離とか関係なくある程度の意思の疎通が出来るんですよ。相手の気持ちもある程度は感じられるの。」
「テレパシーのようなものかな。」
「その言葉の意味は分からないけど。多分イメージは合っているのではないかしら。」
「クラフターさん、此方へ。」
マデュレは近くまで俺を呼ぶと、庭の椅子に座るように指示した。そして、両手を俺の頭の上に軽く乗せると、何かを小声で唱え出した。
すると、耳元で「ボソッ、ゴリゴリゴリ、カチカチ」と、何かが擦れ合うような雑音がした。次の瞬間、色々な声が耳に?飛び込んでくるようになった。いいや、頭の中の耳寄りな部分に響いている感じか。
「これで、貴方も我々と同じですよ。」
「ありがとう。これは何をしたんだい?」
「あなたの内耳に、精神伝達を司る精霊を呼び込みました。我々はほとんどが生まれつきですが、たまに宿っていない人が生まれるので、その為の簡単な魔法です。」
「なるほど、これは凄いねえ。」
「こんなことしかできませんけど、お役にたてたら良いのですが。」
「なんだか違った世界を垣間見ている気分だよ。君に感謝。」
マデュレは本当に喜んでいる。何と言うか、彼のハートの高鳴りが伝わってきている感じがする。なるほど、これが気持ちがわかるという感覚かあ。
すると、サヴィネの声で「クラフターさんて純粋で素敵ね。」というメッセージが来た。こちらを向いて、サヴィネも嬉しそうにしている。
ライエの「お兄ちゃん大好き!」というメッセージも今入ってきた。オイオイ、彼女本気だぞこりゃ...照れ臭くてちょっと困る。「俺も同じだよ」と返しておいた。
「まあ、今は近くにいるから普通に喋ろうよ。」
「そうですね。それが一番。」
「今お茶を持ってくるわね。」
三人で庭のテーブルを囲み、午前からお茶会をする感じになった。メッセージについて色々二人から聞いたところによると、やり取りは常に個人対個人だそうで他人には読み取られないらしい。
相手の顔を思い浮かべてメッセージを頭の中で発言すれば、届くとか。だから顔を知らなければ伝わらないそうだ。
伝えたくないときは精霊が判断して送信をストップしてくれるらしい。また、受信したくないときも精霊が読み取って拒否してくれるそうだ。その場合、メッセージは届かないらしい。
保留しておけないところだけが電子メールと違うところかな。便利なコミュニケーションツールが増えた。
左耳がボソッと鳴って「メッセージ受け取れるようになったようね。」とマニの声が届いた。
「お陰さまで。」
「もうすぐそちらに到着するわ。」
「了解。」
サヴィネに、お茶をもうひとつお願いした。彼女も分かっているようだった。
それから5分位で、マニが到着した。どうでも良いが、皆の服装が変わらないのが気になる。そんな物資の余裕はないのだろう。おっと、気分が伝わらないように注意しないとね。
しばらく一昨日の襲撃についての話題になった。虫の襲撃が最近増えてきているらしい。村長の計画では、近い内に大規模な掃討作戦を考えているらしい。
この前死んだ人の弔い合戦も兼ねているようだ。マデュレは、あまり役に立てなかったと少し沈んだ気持ちになったようだ。
「俺も、その昔は同じだったよ。マデュレは、君にしか出来ないことがあることを自覚した方がいいよ。誰かが期待することと、その人の真の存在意義は必ずしも一致しないので。そう言う風に昔言われたことがあるんだ。」
「あ、ありがとう...そう言って貰えると救われるよ。」
マデュレは、それでも気にし続けるのだろう。村長の長男という、人生の重荷を背負う事を選んで生まれてきたのだから。
他人の人生の課題を背負うことは誰にも出来ない。サットが修行時代によく言っていた言葉だ。周りに助けてもらえるのはほんの少しで、その課題を自力で乗り越える事こそ、人生の意味だと。
「お兄ちゃん、メリパダ母さんが相談したいことがあるんだって。」
ライエからメッセージがあった。早速客が来たか。
「今サヴィネの家にいるからお越しくださいと言ってね。」
「うん、伝えとくねー。」
元気な返事が返ってきた。
「メリパダっていう人が来るみたいだ。」
と、目の前の三人に報告してみた。マデュレが、
「ああ、ライエの居る子供の家の育母さんだね。」
「子供の家?」
「親が死んで孤児になった子達が自立できるように親父が考えた保護施設です。」
あー、ライエちゃんて孤児なんだね...何だか悲しい話を聞いてしまったな。そう言う子は多いんだろうか。あの子供達も、同じ境遇なんだろうか。
「そうよ、昨日の子達は子供の家の子よ。」
マニが察して答えてくれた。ううむ、メッセージの感情伝達が便利すぎだろう。ちょっとコワイ。(笑)
30分位雑談していたら、メリパダがやって来た。中年のふくよかな体格の優しげな女性で、左手に包帯を巻いた状態でライエや他の子供達と一緒にやって来た。
「はじめまして、育母のメリパダといいます。」
「こちらこそ。クラフターです宜しく。どんな相談でしょうか?」
メリパダに椅子を勧める。彼女は村長姉弟を見て、少し緊張がほぐれたらしい。
「昨日の集会で仰ってましたけど、治療して頂けるとか?」
「ええ、お役に立てるかはわかりませんけど。」
「見ての通りで、この前の襲撃の時に上から落ちてきた虫の体液が飛び散ってきましてね...。」
「どれ、診せていただけますか?」
子供たちが心配そうにメリパダを見ている。ライエだけは自信たっぷりで、期待の眼差しで治療を見ている。そんなに注目されると、失敗できないな。するつもりも無いが。
包帯をほどいて傷を確認する。本当は、こんな作業は必要ない。怪我人を一斉に集めて数分で終わる。
だが、目的は村人の信頼を得ることだ。いずれここを去るにしても、この出会いがとびきり有意義だったと思ってもらえる様に、精一杯やってみたいのだ。
中指と薬指が強酸で溶けてしまっており、炎症が酷い。骨が見えている上に化膿してもいる。さすがのマニも、顔を背けた。
「これじゃあ、眠れなかったでしょう?」
「ええ、痛みがひどくて一睡もできなかったのです。」
「少しお待ちを。」
分子遺伝学身体クラフトの出番だ。損傷している手をテーブルの上に置いてもらい、手をかざして治療するポーズを取る。
「欠損部位再生」
淡く欠損部位が光り、やがて強く輝き出す。眩しそうなので、俺の手で光を遮るように損傷した手を覆う。
数分後、何事もなかった様に左手は再生した。子供達も大人も、光に気付いた通りがかりの人も、皆拍手喝采で喜んだ。
「凄いですね!光る治療とは、こういう事だったのか...」
マデュレが、感動しながら元通りになった手を凝視していた。自分の時は気絶していたし、初めて見るのだから驚くのは当たり前だろう。
メリパダは落ち着いていたが、子供たちが一斉に抱きついてきたせいで椅子ごと倒れそうだった。
「...本当に元通りになった...」
自分の手を繁々と眺めながら、夢から覚めたように表情が明るくなっていく。あまりの事に、現実味が無かったのだろう。
「先生、ありがとうございました。もうだめかと思っていましたのに...」
涙ながらに感謝してくれた。そんなに感動してもらえたら、本望だよ育母さん。
ライエは、まるで自分の事のように「ほら、言った通りでしょ?お兄ちゃんは凄いのよ!」とか自慢している。他の子供達も、メリパダの様子を見て安心したようだ。
「お役に立てていたら、幸いです。」
「ああ、ここまでして貰えるなんて、どうやって御返しを...」
「いえいえ、私は居候の身。もしもなら、サヴィネさんがこの場を提供してくれましたので彼女に。」
サヴィネは慌てた風に報酬を拒否した。そういうつもりでは無かったのだろう。しかし俺としては、村長の家では迷惑かなと思い頼み込んだので、今後の事も考えて受け取ってほしいところだ。
「俺がここに居る間は定期的に庭先を借りたいので、それも含めて受け取ってほしいんだよ。」
「...わかりました、そう言う事ならいつでもここを使ってくださいね。」
実はこの地域での相場が判らなかったというのもある。そもそも経済は仕組みからして解ってない。そう言う勉強代も兼ねてなのだ。
サヴィネはしばらく考えて、
「じゃあ、私が治療したわけでもないし、ここの場所代ということで30分と言うのはどうかしら?」
「それだけで本当に宜しいのでしょうか?もっと時間は割けるけれど...」
「もっと子供達と一緒に居てあげて欲しいわ。あなたは育母なんだから。」
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます。」
おーお、この世界では時間が通貨の代わりなのか?...と言うことは、何かの義務としての時間とかを取引するのかな?
治療後は1時間弱くらい歓談したのだが、ライエは俺にベッタリだった。椅子に座っていたが、膝の上に登ってきて椅子だっこ状態で陣取ったまま、ずーっと俺たちの会話を聞いていた。
バリという名の男の子が「ライエばっかりずるいぞー」とか言ってたが、ライエはべーっと舌を出して譲らなかった。5人子供がいたので、大人が交互に椅子だっこして世間話をしていた。
うーん、時間支払いの事を聞きたいのだが、どうやって切り出したものか...
「俺の出身の地域では、実は通貨というものがあって、金属片で買い物とかしてたんだよね。」
「ええ...そんな話は初めて聞きますよ。」
マデュレが当惑している。マニも驚いた顔をしており「どういう仕組みなのかしら...」とか言ってた。前次元の悪影響をこの世界で振り撒きたくないしなあ。
「うーん、何と言ったら良いか、その金属を溶かしたり加工したりして、生活必需品を作り出していたんだよね。だから、その金属自体に価値があり、基本は労働力や物品と交換してたのさ。うちの地域は、かなり特殊だったらしいね。」
まあ、にわかの割には筋の通った説明は出来た方かな。でも俺以外の大人全員が困惑しているようだった。
「そういう訳で、こちらの商いがよく分かっていなんだよ。教えてくれないだろうか?」
「分かったわ。まず時間の取引は、義務就労の時間を直接取引しているというのが基本ね。」
マニが先生をしてくれるらしい。なんだか楽しそうに解説してくれるな。
「ここでの義務就労は、相手に支払った時間だけ働くことになっているの。」
おーやっぱそうかあ。でも、ビジネスと言うか掟と言う感じだな。
「労働内容は主に哨戒と防衛設備の修理や点検、特殊技能での武器防具の製造や魔石の加工、戦闘になった時の優先的参戦義務、清掃や他地域からの物資運搬等村の運営がらみね。シフト制で1週間毎にスケジュールが決まるのよ。当然沢山買い物すると、その分労働時間が長くなるわ。」
なるほど、防衛に関わる事や重労働、危険な作業や特殊技能とかの必須労働時間の交換をしている訳か。
「最低単位は30分ね。例えば一日の食料を購入するには、平均で5時間くらいの相場になるわ。つまり何かで返さない限り、週のシフトで平均35時間は義務就労させられる訳ね。逆に売った方は、5時間だけ労働時間が短縮される。就労が減った分だけ生産職に専念することができるわけ。」
「じゃあ、メリパダさんは戦闘とかに参加しているわけ?」
「私たちのような育母とか、村の会議で決められた公共性が高くて専任が必要な職は、それ自体の時間が取引可能な時間になるのよ。医者とか、食料調達とかね。」
メリパダが説明してくれた。なるほどね、非戦闘員でも、そういう仕事に就けば良い訳か。こういう経済もあるんだなあ。あれ?俺の他に医者とかいるのかな?
「時間の取引は、魔石を使った契約行為で行われるわ。村民全員が持っている専門の魔石に、口頭でも本人同士が納得して取引をしたその場で、契約が記録されるのよ。契約に背くと、追徴時間が課せられるわ。2回就労を無視すると、懲罰が加わるの。」
「ふうん、どんな風に?」
「呼吸ができなくなるわ。魔法で身体機能に制限がかかるのよ。すぐさま労働の意思を本気で示さないと、死んでしまうわね。」
「ああ、さっきの精霊とかの情報を読み取るのかな?」
「正解。理解が早くて助かるわ。」
「厳しいけど、今の所は完璧なシステムに聞こえるね。凄いな。」
「まあ、問題が無いわけではないのだけど...」
「基本は解ったよ。それで、俺はいくら支払えば良いかな?」
サヴィネに聞いた。サヴィネと村長姉弟が慌てて、
「クラフターさんは、そういうことは考えなくても良いわ。あなたはマデュレの命の恩人なのだから...」
「そうですよ。誰かが払えと言ったら、私が支払うと言ってもらえば誰も文句を言いませんよ。」
「もう、クラフターさんったら...」
三人が、困った顔をしていた。俺って凄いVIP待遇だったのな。今更実感した。
「私達村長の家系はそういう意味では契約に縛られないのだけど、最優先で戦闘や防衛の義務が発生するわ。一番危険がある代わりに、全てが免除というわけね。」
なるほど。彼女らは村の防衛の要な訳だな。そうかマデュレお前、厳しい役目だなあ...
「そういう訳で、自分が情けなくてですね...」
うーん、彼の悩みが深刻になるわけだこりゃ...何か凄い同情してしまうな。何かで協力できれば良いのだが...。
メリパダが腰を上げた。帰る気らしい。
「クラフターさん、知り合いに同じような悩みがある人が居るのですけど、こちらを紹介しても?」
「俺のここでの存在意義は治療だと思ってますから。どうぞご自由に。」
彼女は子供達と共に、軽やかな足取りで帰って行った。ライエがまだ一緒にいたいとぐずったが、迷惑をかけてはいけないと諭されてしょぼくれていた。
何だろう、相当気に入られてしまったようだ。マニがニコニコしながら、
「あーこれはもう、クラフターさんの娘になるつもりですよーあの子。」
とか。変なフラグをたてるのは止めて欲しい。まだここに定住するって決めてないんだからねっ。(笑)
マニは用事があるとかで、途中から抜けた。村の若者の戦闘教練を担当するらしい。そうこうしている内に、他からメッセージが届く。
それから先は、夕方まで30人以上の村人を治療する羽目になった。さすがに忙しかったが、大してエネルギーを使わないので体力的に超余裕がある。
サヴィネとマデュレが付き添ってくれて、気が付くと日が暮れていた。初日は問題なく終了。
「そう言えば、今更なんだがこの村には他に医者とか居るのかな?」
「この地域では、治癒師は少数ですね。往診制になっていて、都から地方の要請に基づいて来ますね。」
と、マデュレが教えてくれた。それじゃあ、村には常時はいないのか...襲撃されたら大変だなあ。まあ、役割が被っていなければ良いんだけどな。
「今日は終わりにしようかね。サヴィネ、場所の提供ありがとう。」
「いえいえ、私こそ色々勉強になったわ。クラフターさんて、お医者様だったのですね。知識が凄かったです。」
「マデュレもありがとうな。君が居てくれたから、皆緊張せずに治療を受けて貰えたと思う。」
「いえいえ、今日は久しぶりに気分転換できましたよ。」
サヴィネと目を合わせて、まんざらでもない顔をするマデュレ。まあ多分久々の逢い引きだったのだろうな。立場上、年中では噂がたつだろうし。
「二人とも、また宜しくね。」
ちょっと意味ありげな笑みをわざと作りながら、マデュレと共に村長の家に帰る。マデュレから道すがら「色々気遣いありがとうございます」とか言われちゃった。
途中で教練終わりのマニと合流した。全身汗だくだけど、活力や覇気が全く衰えていない様だ。半月型の長剣を携えているので、近接教練だったのだろう。汗を拭きながら、こちらへ近づいてきた。
「やあ、こちらも今終わったところなんだ。」
「姉さん、お疲れ様。」
「こんな程度で疲れないわよ。今日は鍔迫り合いをやっていたので、少し燃えたけど。」
結構疲れそうな訓練だけどね。この調子では、若者の方が疲れているのかもしれない。鬼教官?なのかな。
「クラフターさん、今変なこと考えてたわね?」
ギクッ、読まれたか。というかしっかり気にしているんだな。(笑)
「でもまあ君ほどの人がそれだけ汗かいているんだから、他の人は大丈夫だったのかなとね。」
「そ、そうね。皆元気そうだったわよ?」
おいおい、全員のされた感じ?ひどいなあそれは。(笑)ま、訓練で倒れるのは幸運と思わないとね。実戦なら喰われてる訳だしね。夕日のせいか、マニの顔が赤く染まっていた気がする。
マデュレが何かメッセージを飛ばしたらしく、マニにキッと睨まれ背中を平手でバシッと叩かれていた。それだけでよろけたマデュレは露天の積み荷に突っ込む。
バゴーンとか音がして頭から突っ込んだので、上半身が荷物にめり込んでしまい足だけばたつかせている。(笑)
そのまま明らかに顔を真っ赤にして、マニはスタスタと歩き去ってしまった。弟よ、君の苦労がよくわかるシーンを見させてもらったよ...。(笑)
マデュレを助け起こし、二人でトボトボとマニのはるか後方を歩きながら、何だか目が合ってお互い苦笑してしまった。何と言うか、こいつとは今後もうまくやっていけそうな予感がしていた。