その7
昨日通された部屋の方からの話し声で、目が覚めた。今は日中らしいが大きな窓には簾のようなシェードがかけられ、丁度良く採光と通気性が確保されていてイイ感じだ。
この村の家のほとんどが砂岩でできた高床式住居のような構造で、窓を覗くと下までかなりの高さがあった。
あの固い素材を継ぎ目なく加工している技術は、恐らく手作業では無理だろう。そういう意味では高度な技術を有しているのかも。
昨夜は案内されるがままだったのだが、窓から改めて村の様子を観察すると、風俗はまるで発展途上のアラブ人の村みたいだ。
言語については良くわからないが、文字については象形文字と楔形文字の混合ような感じに見える。
人間に至っては俺と全く同じ風に見えるのだが、文化は魔法とかがある分違うのだろう。エネルギーフィールドとかがあるかと思えば、住居内部とかは見た目原始的だ。
前次元と比べて文化の発達度がアンバランスに見えるが、サットの言う通りこの世界の常識に馴れないとな。
しかし無防備というか、恩人とは言え昨日知り合ったよそ者をこれだけフリーにしておくとか、村長には猜疑心がないのかな...まあ、あの体格ならいざというとき自信があるということかな。
マニも相当強いらしいし。それとも、人間同士での問題が発生する余裕がない位の厳しい環境なのかな?
昨夜の虫の襲来も中々凄かったしな。ああいった防衛戦は頻繁なのかもしれない。そこは追々聞いてみよう。
まだ目覚めて5分も経っていない内に、マルタが部屋へ入ってきた。扉がないので、中は様子が丸見えだ。別に困りはしないけど。
「クラフター様、おはようございます。食事ができていますので、こちらへ。」
「おはようございます。わかりました。」
そう言えば腹も減ったな。どんな料理が出てくるか楽しみだが、やや心配でもあるな。まあ昨夜のお茶や菓子は普通に美味しかったから大丈夫だと思うけど。
廊下を歩きながら、マルタに懇願した。
「お願いですから、様をつけるのは止めてください。普通に呼んでください。」
「...わかりました、ならば御随意に。貴方は謙虚でいらっしゃるのね。」
マルタは少しの沈黙の後、そう快諾してくれた。村長の妻なのに、謙虚なのはそちらですよ。(笑)
部屋に入ると、サヴィネ以外で昨日の面子が揃っていた。マデュレは村長の横に座っていた。顔色はまだ良くはなさそうだが。こちらを見るなり、立ち上がろうとするがふらついていた。
「まあまあ、お座り下さい。御無理なさってはいけませんよ。」
なだめて、座ってもらう。具合が悪くなってしまったら気の毒だ。座りながら、申し訳なさそうにマデュレは肩をすくめた。改めて見ると、16、7歳位の年頃だろうか。礼儀正しい感じだなあ。
「昨日は命を助けて頂き、何とお礼を言ったらよいか。このご恩は、一生忘れません。」
「お気になさらず。人として当たり前のことを出来るだけやったまでですから。」
俺の信条だ。精一杯、やれることをやろう。前次元を去ると決めたときに、心の底から決心した揺るぎないスタンス。二度と過ちを繰り返さないと、あの日誓ったのだから。
「おはよう、クラフターさん。改めて、息子をありがとう。」
「もう、お気になさらず。夕べ泊めて頂いただけでありがたいです。」
「君は謙虚だな。誰かに見習わせたいくらいだ。」
村長は挨拶しながら、ばつが悪そうに娘が下を向くのをちらと見た。そんなに素行がよろしくないのだろうか。
マニは20歳位に見えるが、普通この年頃の女性はこんなものだろうに。ああ、常識が違うのだろうか?
テーブルには料理がならび始めていた。ぱっと見た感じで揚げ物が多いのは、こういう環境では定番なのだろう。マニとマルタが台所から次々と料理を運んでくる。朝からご馳走な感じなのかな。匂いはスパイシーでいい感じだが。
「クラフターさん、食事が終わったら村の衆に紹介したいので、一緒についてきてもらえないだろうか?実は夕べの騒ぎで死亡者も居るので、弔いも村全員でする習慣なのだよ。」
「分かりました。村長から紹介していただけると、心強いです。」
皆で食事をしながら昨日の事についてマデュレに説明したり、サヴィネが付き添ってくれた話をしたり、被害状況の私見をマニが報告したり、色々な話題が出た。
マデュレはまだ調子が悪いのか寡黙だった。周辺の話を聞きながら頷いているだけだ。マニは年相応に良く喋っている。マルタは主婦らしく家事専念だが、話はちゃんと聞いてるらしい。時折返す返事が的確だ。
ちなみに料理の腕も満点だ。揚げ物が年中食べられるかは疑問だけど、食べ道楽な俺的には年中お世話になりたい。(笑)
「ところで、これからどうする気なのかね?何処か目的地とかがある旅行なのだろう?」
村長が急に話を振ってきた。そんなこと言っても「とりま生物を探す」という所からだったしなあ。最初の旅行者という設定に無理がない感じで答えないと。
「えー、何と言うか、かなり以前に故郷が滅んでしまいましてね...生き残りが自分しか居ないのと、両親の遺言で外の世界に出て見識を広め、武者修行しろとの事でしたのでね...旅行と言うか、そういう理由なんです。」
「滅んだ?それは無念だね...外敵に攻められたとか?」
「ええ、そんな所です。私はこの技能で生き残れましたけどね。」
「何と言うか、それは大変な思いを...朝から申し訳なかったね。」
「いえいえ、もう昔の事ですから。そう言う訳で、修行兼で放浪しているだけなんですよ。」
「何処かに落ち着く気は無いのかね?」
「うーん、そんなこと言われたのは初めてですから、考えもしなかったです。」
「そうか、君のような優秀な人材が居てくれるのは、村として地域として助かるんだがね。」
うーん、どうしようか...折角の縁だし、このまま定住も悪くないかもなあ...。
「すぐには決められないので、考えておきますね。暫くは休養も兼ねて、こちらの村でお世話になるつもりです。」
「そうしてくれたまえ。君が居てくれると、我々も嬉しい。」
村長は、多分大真面目だ。恐らくこの次元は人間自体が少ないのだろう。あれだけ虫が猛威を振るっているのでは、聞くまでもなくここは弱肉強食なのだろう。
何でこんな場所に連れてこられたのだか...と言っても、俺が行くべき世界だとサットは言っていたしな。そういう分野では、彼?を完全に信頼しているんだよな。
「そうよ、貴方が居てくれると私も嬉しいわ。私と同じかそれ以上のレベルの人、中々居ないもの。色々学べそうだし、こんなに有意義なことは滅多にないわ。」
マニは、超乗り気だ。何だかライバル視されている風ではあるけど。俺の見た目はちょっと年上の同じ年頃に見えるだろうし。実は中身がオッサンだとは判るまいて...(笑)
「命の恩人なのですから、遠慮しないで下さい。貴方は、私の家族同然です。」
マデュレも、そこに関しては同意見らしい。そんなに気が引けていてはこっちが気を使うので、早く忘れてほしいものだ。むしろ君のお陰で村に溶け込める切っ掛けが出来そうなのだし。お互い様なんだよな。
「ありがとう。長逗留するとして、恩人とかそういう気遣いは無用にしましょう。家族と言ってくれるなら、普通に接してくれると気楽です。」
「そうね。クラフターさんは、そういう人みたいだものね。これからも宜しくね。」
マルタが纏めてくれた。村長家族全員が頷いた。これで気楽になれそうだぞ。
丁度食事が終わったところで、見計らった様にサヴィネがやって来た。俺がしばらく居座る事をマニから教わると、サヴィネも喜んだようだ。
「今度、家にも遊びに来てくださいね。一人だと寂しいし、話せる人がいると助かるわ。」
あら、サヴィネったら御一人様なのね。ちょっかい出しに行こうかしらん。と、オネエ言葉が何故出たのか。(笑)
気楽に付き合えそうな普通の人っぽい気がするので、こっちも助かります。(笑) 綺麗処だし、ポイント高いわあ。あー、マデュレの彼女説があったんだっけ。注意しないと。
さっきの面子全員で、村長が言っていた村の会合?に参加するために広場へ移動した。ここは人口が300人弱で、この次元では比較的多い方の村らしい。前にサヴィネから聞いた都市でさえ、1万人居ないそうだ。
恐らくマンパワー不足がモロに社会問題になっている。裏を返せば、人が貴重な世界なのだろう。まだ絡んだのは1回だけだが、中々強い外敵が多そうだしな。
これだけ厳しいと、前の次元での溢れるような多様性の文化とは真逆になるのはこの半日で良く理解できた。と、同時に人間暇なのが一番の敵なんだなと改めて実感できる。
到着すると、村人全員が広場に集まっていた。昨夜は見なかった年寄りや子供まで、皆一緒だ。演説台が中央に設置されていて、村長が壇上へ登った。我々は、台のすぐ横に並んで立っている。
「皆、昨夜はご苦労だった。悲しい知らせと嬉しい知らせがある。まず悲しい方からだが、ラベナスが死んだ。これより彼の霊を皆で送る祈りを捧げよう。」
全員が片膝をついて、両手を組み、祈るポーズになった。
「我々の家族である者、解放と永遠の安らぎの世界へ旅立つ彼に、大神霊の導きがあらんことを。今を生きる残された者達を、導き守りたまへ。」
簡素ではあるが、思いのこもった別れの祈りだ。村人全員が、一丸となって祈りを真剣に捧げていた。何と言うか、こういうレベルはすごく高いんだなと思った。
祈りが終わると、神妙な面持ちだった村長が明るい表情でスピーチを再開した。
「そして嬉しい知らせだ。ここに居るクラフターさんが、昨夜一緒に戦ってくれた。彼は人格者であり、優秀な戦闘員でもあり、見ず知らずの我々の危機に心命を賭して援助をしてくれた。彼のお陰で息子の命も助かった。我々の恩人である彼を、どうか村に迎え入れてやって欲しい。」
流石に村長は貫禄とカリスマがある。スピーチを聞きながら、こういった厳しい世界のリーダーは優秀なんだなと感心してしまった。
村人も、何人かは俺がマデュレを治療している所を目撃していたようで、「腕が」とか「光が」とか言う囁きが聞こえた。村人の中で、金髪で顎髭を生やした大柄な体格の男性が質問をした。
「村長、彼の生活はどうするつもりで?」
「当面は我が家に居てもらう事にした。恩人には報いないと。」
「宿とかもありますし、ヴォルクの所で宿泊とかは?村の恩人ですから、皆でお世話させて貰いたいんですがね。」
「もっともな意見だが、彼にも事情があるのでせめて村に馴染むまではうちで世話をさせて貰いたい。あまり詳しくは話せないのだが、許して欲しい。」
「わかりましたぜ、そういうことなら異存はねえです。」
村長は台から降りると、村人に挨拶してくれと言って来た。ま、仕方ないよな。台に登って挨拶した。
「クラフターと言います。暫くお世話になります。治療が得意なので、困ったら相談してください。」
ガヤガヤと村人同士が喋っている。村長が再び演説台に登って、解散を宣言した。彼等とは、これから時間をかけて馴染まないとね。人間ってそういうものだよな。