その6
屋内に入ると、外見と同じく質素な感じの部屋に通された。部屋の中央にはテーブルと椅子が置かれ、壁にトロフィー風のオブジェが複数飾られている。
栗色の白髪混じりの短髪で、壮年の男性が外出の身支度をしていた。頬に傷跡があり、口髭を生やし鋭い目の偉丈夫で戦士の顔だ。
その傍らの、中年で黒い長髪を肩に流し、マデュレに似た顔の女性は妻なのだろう。男性の手伝いをしている最中だったようだ。
二人とも背負われている彼を見るなり顔をほころばせた。女性はマニと抱き合って泣き崩れた。とりあえずマデュレを案内された奥の部屋のベッドに寝かせると、男性が近づいてきた。
「君が助けてくれたのかね?」
「通りがかったもので。事なきを得て良かったです。」
「私は村長のアルタレスという。娘から死んだかもしれないと聞いていたので、驚いた。」
「クラフターと言います。治療と物作りは得意な方なんですよ。」
「死にかけの人間を何事もなかったようにする治療師など、私の知る限り居ない。マデュレは本当に運が良かった。君には感謝してもし尽くせない。」
おおお、あいつ村長の息子だったのかあ。何と言うテンプレ。涙を流しながら、村長は俺の手を取ると両手で握手した。これは好印象ゲットかな。
しかし村長家族としての防衛戦だった訳か。まあ、逃げるわけにはいかないよな。感涙している家族を見ながら、マデュレに同情してしまった。
村長や周辺の男を見ると、息子が弱々しく見えるのは俺だけだろうか?強制的に戦わされていたのでは?という気が...。
皆が落ち着くと、テーブルに座るように勧められお茶と菓子らしきものが出てきた。言われるままに飲んでみると、薄いホットコーヒーに似た香りと味がした。嫌いではない。
サヴィネが、事情を村長家族に説明してくれた。皆驚いたり頷いたりしながら彼女の話を聞いていた。概ね好印象な感じの話っぷりだったので安心した。
それが終わるとマニが待ちきれないように、同じ魔法が使える者同士みたいなノリで、俺に色々と質問攻めを始めた。
「改めて弟の命を救ってくれたことに感謝するわ。本当にありがとう。私が知る限りでは、傷を癒す魔法はあるのだけれど、あなたは無くなった腕を元に戻すような凄い魔法を何処で学んだのかしら?」
魔法って学べるものなんだな。俺も後で勉強したい所だ。サットが頭の中でそんなもの必要ないって呟いたのが聞こえた気がする。
「俺は遥か東方の地から来ましたが、部族の掟でこのスキルの事と出身地の事は説明できないんですよ。」
分子クラフトとか言っても理解はできないだろうし、事前に考えておいた設定で回答した。
「確かに、それだけ凄い魔法なら秘密にされるのも頷けるわ。他にはどんなことが出来るのかしら?剣術や体術も得意そうだけど。」
「いやいや、さっきもサヴィネさんに同じことを言われましたけど、あまり好きではないんですよ。」
「好きではないって言うだけでしょう?私も心得がありますからね。そんな雰囲気を纏っているのに弱いはずがないですわ。さっきもマデュレを襲っていた敵が急に光って消えたのを見ましたし、貴方が攻撃魔法を使ったのかしら?」
興味本意なのだろう、目を輝かせて質問を浴びせてくる。
アラブ人と日本人のハーフみたいに見える。サヴィネも綺麗な女性だが、マニも可愛い顔をしている。しかし両親に似てない顔だな...
「これ、お客人に失礼ですよ。」
村長妻に叱られたマニは、不満そうな顔になり沈黙した。
「遅れましたが、アルタレスの妻のマルタと申します。クラフター様、息子の命を救ってくださり、ありがとうございます。ご恩は一生忘れません。」
品行方正なお礼をされてしまった。人として当然の事をしたまでなんだけどな。
「普通の事を出来る限りしたまでです。自分こそ、勝手に壁の内側に入ってしまいましたので申し訳ないです。」
「そう言えば君はいつからこの村に?見ない顔だとは思っていたが。」
村長が腕組みしながら聞いてきた。まあ狭い村なら当然の疑問だよね。
「砂漠を旅していて、虫の大群が飛んで行った方向が気になって追いかけたら、屋根から出入りしている所を見つけたので。」
もちろん嘘だが、この件も正直に言うと余計ややこしくなるので話す訳にはいかないだろう。瞑想してたら皆が現れたとか。怪しさ10倍増ぢゃまいか。
「ああ、そういう事なんだね。じゃあ君も屋根から出入りしたのだね?魔法で飛べるのかな?」
「いえいえ、梯子で登りました。」
「なるほど、しかしよくあの高さの梯子を持っていたものだね。」
「物作りは俺の得意分野ですから。」
「その場で作ったとでも言うのかね?」
「ええ、このように。」
クラフトで短い梯子を作って見せた。瞬時に現れたのを見て、その場の全員が驚いたようだ。
「これは凄いな。確かにこれだけの事が出来るのだから、息子が助かる訳だな。」
オッサン、娘並みに質問が多いぞ?それに梯子が瞬時に出せるのと、息子が助かるのは別問題では?まあ、それで納得してくれたなら良しとしようか...。
「手品みたいで凄いわ。クラフターさんは、何でも作れるのかしら?」
サヴィネが横から質問してきた。手品もこの次元にはあるのかあ、とかどうでも良いことで感心してしまった。(笑)
「ええ、まあ。とにかく色々あって話せないことが多いんですよね。今見たことは、ここだけの秘密にしてくださいね。」
「わかった、皆彼の能力の事は漏らさないようにして欲しい。恩人の君を困らせるつもりはなかったのだが、立場上確認が必要だったのでな。許してくれ。」
村長は本当に申し訳なさそうだった。俺も全く気にしていないと告げると、いつまででも構わないから是非にも我が家に泊まってくれと申し出て来たので、ありがたくそれを受けることにした。
「うーん、気持ち悪い...」
奥の部屋から壁伝いにマデュレがよろめきながら出てきた。脳貧血とかで記憶障害が無ければ良いのだが。
「あんた、死にかけていたのよ?クラフターさんにお礼を言いなさい。」
マニは弟が可愛いらしい。まあ、あんな事件の後では当然の態度か。心配しながら肩を貸して、マデュレを椅子に座らせた。水を飲ませたり背中をさすったりと、何かと世話をしている。
返事する余裕が無いようで、マデュレはうつむき加減で唸っている。大量に出血していたのだから、今でも軽い貧血なのだろう。
村長が心配して、まだ奥の部屋で寝ているように指示をしていた。貧血なら直接血液をクラフトしてもよいのだが、あまり便利屋みたいにはなりたくないな。
まあ今更な気もするが、まだ色々隠しておいた方が良いだろう。マニに支えられて、マデュレは奥の部屋に戻っていった。
今は早朝前で、普通なら就寝時間だろう。流石に皆疲れきっている様子だ。マニも安心したせいか眠そうにしていた。様子を察した村長が、今日は休もうと提案する。
破壊された屋根と見張りは、当直当番が居るらしい。サヴィネが自宅へ帰ると言うので俺は送って行くと申し出たが、恩人にそんなことさせられないと断られてしまった。
ま、外はまだ緊急モードらしく明るくて人も多いので大丈夫かな。
マデュレが心配らしく、帰り際も奥の部屋の様子を気にしている風だった。
もしかして、マデュレの恋人なのか?俺はそういう話が良くわからないが、旧友を心配している様にも見えるな...まあどうでもいいのだが。明日また来ると言い残して去っていった。
俺も少し疲れたので休むことにした。最初の異文化交流は雨降って地固まったらしい。
マルタに部屋へ案内されて、木造で井草のような材質のマットが敷かれたベッドで横になった。材質は固いが案外涼しい。知らないまに眠ってしまった。