その5
グシャン‼バキバキバキ...
いきなり大音響で我に帰った。同時に聞いたことの無い言語の叫び声と、鞭打つような轟音が周り中から聞こえる。
「君の波動が高まったようだね。外は戦闘中だ。」
「何でアラートを出さなかった?」
「いや、今ほんの数秒前までは音なんてしてなかったんだよ。」
なるほど、いま波動が同調できたわけか。そう考えてる最中にも、この納屋の屋根にも何かがぶつかって来た衝撃が。
グシャ!! ビシャビシャビシャ...キチン質の何かがつぶれる様な音だ。それとジュウジュウと何かが焼けるような臭いと音も。
「この納屋の屋根が、酸で溶かされているらしい。すぐに外へ!」
急いで光学隠密を発動させて飛び出る。保護幕は液体を全て弾くので、強酸の雨でも心配無しだ。外は昼間のように明るく、自動で暗視モードが解除された。緊急事態仕様なのかドーム型の屋根が強く光っていて、視界は良好だ。
さっき居たのは広場からはちょっと奥まった納屋だったが、外に出ると狭い通路に武器を構えた男女が物陰に隠れながら待機していた。クラフト画像で見た、あの人種らしい。
そして突然頭上を広場の方面に向かって猛スピードで飛んで行く何かが見えた。速すぎてよく見えなかったが、虫に見えた。
広場に出る手前で建物の構造を利用して屋根に登ってみる。結構高い建物で、砂岩の内部をくりぬいた様な構造の家が横に3軒連なっている建物の上に出た。
すると広場上空のドームが破られていて、そこから大きな虫型の生物が数十体入り込んでいた。よく見るとあのトンボ蜂だ。そして同じく広場のドームすれすれの上空に、遠巻きながら単独で人が浮遊しているのが見えた。
「##%&@+-99! /?$&§£¤µ〇〆!!」
よく通る女性の声が響き「バシッ!」と轟音がして、浮遊してる人が上げた手の指先から眩くて青白い複数の稲妻がほとばしり、高速で飛んでいる虫数体に命中した。雷撃はありえないパワーで硬そうなトンボ蜂の外皮を貫いていた。
落下して地面や建築物に叩きつけられ、のたうち回る虫を武装した地上のものが退治している。男女共に戦う民族らしい。
残り6体。尻から高速の針を飛ばして攻撃し、壁に縫い止めてそのまま村人を貪り食らっている。見たところ2人が犠牲になっていた。そのうち一人の男性は、食われながらもまだ生きていて抗っている。左腕が食いちぎられていて、抵抗むなしく餌食になりかかっていた。
「助けないと!」
サットが叫ぶのと同時に、体は飛び出していた。隠密状態のまま、仕留めにかかる。
「分子分解!」
一瞬強く光った後、男性を襲っていた虫が消えた。光の粒子が数秒ほど周辺に舞い、跡形もなく消滅した。
分子クラフトの通常能力で、素材を周辺から自然に無理なく分解収集する機能を、対象指定で100%分解するだけの一時変更だ。
分解された物質は次元倉庫へ回収し再利用される仕組みだ。無駄がない、合理的なシステム。通常は、万が一を考慮してサットに封印してもらっている。
サットが許可すれば瞬時に広範囲の全てを指定&消滅させられるが大量の生命エネルギーを消費するし、そんなケースは滅多に起こらないだろう...と思っていたのだが、広範囲ではなかったが認識が甘かったようだ。
急いで壁に縫い付けられている針を切断して意識の無い男性を下ろし、手持ちの外套で覆い担ぎ上げ、安全な場所を探して走った。
広場から少し離れた民家の軒先に運び込む。住人の女性が出てきて、外套にくるまれた被害者が宙を浮いて自分の庭へ入ってくるのを見るなり家の奥へ走っていった。
同時に背後で再び轟音が響き、虫が落下する音が複数した。恐らく殲滅し終わったと見た。
「とりあえず治療を。」
怪しまれてること請け合いだったので、隠密解除して外套をほどく。男性は意識がなく、腕のない左肩は大量に出血している。
栗色の髪で優男風の整った顔から胸にかけて強酸性の唾液で焼けている。縫い付けられていた針は、右肋骨の横隔膜の境より少し上に刺さっており、肝臓にダメージを与えているようだ。
呼吸は浅く、顔色は血の気が失せている。普通助からない状態だ。頸動脈を触り、まだ生きていることが判った。クラフトモードで確認したが毒状態は無いらしい。倒れている男性に手をかざしながら、治療を試みる。
「再生モード」
分子クラフトの大きな特徴のひとつが、分子遺伝学身体クラフトだ。筋肉、皮膚、内臓、血管、骨など、あらゆる生体パーツを再構築し最適化して欠損部位に組み込むことが出来る。
男性の身体から遺伝子を採取し、それをモデルに次元倉庫に保存されている物質から細胞を再構築する。そこから生体パーツを構築して損傷部位にフィットさせる。
脳死してない限り、再生はほぼ成功する。但し、脳の損傷がひどい場合、記憶までは保証できない。
損傷部位がバイタルゾーン付近優先で光と共に再生していく。約5分後、何事もなかったかのように安らかな寝息をたてている男性が横たわっていた。
彼の衣服はボロボロで、虫の唾液で溶けてしまった部位は大きな穴が開いていた。
家の住人の若い?女性が治療途中に半泣きしながら大型ナイフを震える手で構えて飛び出してきたが、状況を見たら踵を返し屋内からきれいな布と水を持ってきてくれた。まあ要らないんだけどね。
「マデュレ、助かりますか?」
女性が声をかけて来た。それなりの時間が経っていたので、自動機能でコミュニケーションは出来る状態になっていた。彼とは知り合いらしい。
いや、狭い村なんだし皆知り合いかな。物珍しそうに俺の装備を見ながらも、不安そうな顔をしている。
「大丈夫、この通りで無事ですよ。」
「見慣れない顔と服装ですけど、旅行の方ですか?」
「ええ、そんな感じです。通りがかりで虫に襲われているのを目撃したので、ついお節介を。」
「いえいえ、親切にありがとうございます。」
女性の顔がほころんだ。俺もひと安心っと。
「この人を家まで運んであげたいのですが、何処だか分かりますか?」
「はい、案内しますよ。」
マデュレを背負い、女性について行くことにした。華奢な体格の男性だが、案外重く感じる。筋肉量が多い体質なのかな?とか考えながら女性の質問や話に付き合っていた。
女性はサヴィネという名前らしい。長い黒髪を綺麗に後頭部で編み束ね、切れ長の綺麗な目をしたお嬢さんだ。マデュレ氏とは幼馴染みで、よく知っているそうだ。
「さっき、布の塊が宙を浮いて庭に飛んできたので慌てて隠れたんですけど、家に入ってこられるのは困るので戦おうとしたら貴方とこの人が庭に居るのが見えたもので驚きましたよ。」
「いやあ、すみませんね。姿を隠しながら彼を担いできたもので。それと飛んでくる虫を避けながら治療するのに都合良さそうだったもので。」
怪しまれないように、出来るだけ嘘をつかないで答える。ポーカーフェイスは苦手なんだよな。
「姿を隠す?魔法ですか?」
おおー、魔法なんてあるんだなあ。
「魔法ではないのですけどね。似たようなものかな。」
「そうなんですね。でも何で姿を?」
「経験上で、とでも言いましょうか...他所では排他的な輩も居るわけでしてね。」
「そうだったのですね...そう言えば、お名前を教えてくださいな。後で村長に報告したいもので。」
「クラフターとお呼びください。」
もちろん思いつきの偽名だ。名前なんてどうでもいい。
「変わったお名前ね。どちらの地方から来られたのですか?」
「遥か東方です。詳しくは言えないのですけどね...。」
「そんな方角に人なんて住んでいたかしら...?」
話が怪しくなってきた。早く切り替えないと。気付くと道行く周囲の人たちがこちらを物珍しそうに見ている。
住人たちの中東風で白くゆったりした服装に対して、俺の服装は前次元のスポーツタイツ風インナー&砂漠用迷彩軍服だし、結構目立つ。服装を事前に変えておけば良かったと思った。
「この辺りの人は、皆さん魔法を使えるんですか?さっき見かけた人は、稲妻使いでしたね。」
「ああ、彼女はマデュレの御姉さんです。マニっていうの。私の親友なんです。」
おおー、姉弟だったのかあ。村の防衛戦をするとか、意識が高いなあ...当たり前か。
「それから、魔法が使える人なんて一握りだけです。才能がないと使えないの。」
「ではマニさんは貴重な存在なのですね?」
「ええ、彼女はこの地方でも屈指の強者です。武術大会でいつも上位に入りますしね。」
そりゃ、そうだろう。飛行して複数雷撃なんて、範囲殲滅として強力すぎだろう。というか、あれで最強じゃないんだな。
「田舎者なのでよく知らないんですが、武術大会はどこで開催するのでしょう?」
「ここから北へ3週間ほど行った所にこの地方最大の都があるんです。そこで3年に1回行われます。興味がありますの?」
「一度、拝見したいなと思いまして。俺は武術は嫌いなもので、強い人を見ると尊敬してしまうんです。」
「ふふっ、強そうに見えるのに。謙遜ですか?」
サヴィネに笑われてしまった。まあ、そういうのが察せる位のセンスなんだなと感心した。そうこう言っているうちに、マデュレの家に到着した。
大きめではあるが、質素な門構えの家だ。他と同じ砂岩のような材質の造りで、異次元出身の俺でも飾り気は一切無い様に見える。
門から先は10m四方の庭になっていて、木材の柵で囲まれている。その奥に高床式の家屋が建っていた。螺旋階段が横に設置されていて、その先が入り口になっているようだ。
階段を登ると踊り場と横スライド式の木製扉があり、サヴィネは軽く2回ノックした。すると気配がして、中から女性が出てきた。
着ている服装に見覚えがあるし、彼女がマニなのだろう。長い栗色の髪をポニーテールに纏め、この人種に似つかわしくない低い鼻と可愛らしい大きな目をした、感じの良いお嬢さんだ。
装飾を一切してないが、彼女の発するオーラが輝いているような雰囲気で、飾りなど要らない魅力がある。
マニは固い表情だったが、背負われているマデュレを見て両手で顔を覆って肩を震わせた。泣いているらしい。
「良かった!探しに行こうと準備していた所だったの。ありがとうサヴィネ。」
「マニ、お礼ならこの人に言わないと。」
「でも、どうして?もう助からないと思っていたのに。あなたが手当てをしてくださったの?あの状態をどうやって?」
結構遠くだったのに、そこまで見えているとは流石と言うべきか。
「俺はこういうのが得意なんです。」
「とにかく、中へ入って!話はそれからよ。」
嬉しそうに泣き笑いしながら、マニは我々を招き入れた。