その2
強烈な日差しと蒸せ返る熱気が意識を覚醒させた。炎天下の砂漠で気を失っているとは、最悪だ。
「ゲホッゲホッ!」
喉の乾きが酷い。
起き上がり周囲を見回す。
今度はちゃんと服を着ている。
着心地や見た目の感じでは麻の服みたいだ。
粒子の細かい砂の大海原のような光景が視界に飛び込んできた。背後には鬱蒼と生い茂る草木が見える。
丁度森林と砂漠の境目で倒れていたようだ。
しかし、砂漠に森が出来るとか前代未聞だろ...よく見ると砂から木や草が生えている。
「気がついたかい?ようこそ高次元の世界へ。ここは元の世界の常識では考えない方がいい。」
とサットの声。
「喉乾いた...水とか無いのかな?」
「左側の大きめな木を見てごらん。」
確かに左の方に周囲より少し大きめな木が生えている。
白樺をクリーム色にしたような外皮に蔦や枝葉が複雑に絡み付いており、2m位の高い位置に丈夫そうな枝が生えている。
「この蔦のような植物は、太いのを切れば水分が出てくる。」
ええい、喉の粘膜が乾燥ではりついて窒息しそうだ!この際仕方ない。
「分子剣」と念じる。手の第二指の先に、薄く光る長さ10cm位の細い線が現れた。
厚みが分子レベルのエネルギー体で、斬れない物質は無いらしい。
蔦を持って手刀で横凪ぎすると、切り口がパイプのように中空になっている。
そこから無色透明な水が滴る。
剣を解除し、口をつけて啜ると充分ではないが喉の乾きは潤せるくらいの水分は飲めた。
微妙に青臭いフレーバーだが案外うまい。またすぐに乾きそうだが。
「ここは何処なのかな?何という世界?」
「名前はわからない。君の高まった個体振動数に適合する次元へシフトしたからね。自分の力で生きては行けるよ。」
「何だろう、まるで手伝いはしないぞ、みたいな言い方に聞こえるんだけど。」
「ご明察。元の世界で必要な能力のレクチャーは出来る限りしてると思うけどね。では、またな。」
「おい、せめて地図なり近くの町なり...クッソ!」サットは沈黙モードに入ったらしい。
以前から本人が必要と思われるタイミングでしかコンタクトしてこない事が多い奴だったのだが。
確かに言われた通り、以前のレクチャーで習得した能力はある。
しかし、そこまで使いこなしてはいないので、どうしたものやら。
さてと...仕方がないので、とりあえず一通りやってみますかね。
「分析済み物質一覧と、素材変換。」
視界の左半分に現段階で分析が終わっている物質の名前と数字が羅列され、右半分に作成できるオブジェが画像でリストアップされる。
草木と砂からの素材を使って適当な衣服や外套、リュックサックとかロープ等の装備を揃える。
これ、分子クラフトと言う能力らしい。
分子クラフトの概要は、どういう原理かは知らないが身近にある物質を自動で分子レベルに分解して採取分析し、次元倉庫なるものに格納。
そこから再構築し、色々な物品や食料に作り替えられるというもの。
どれくらい素材を蓄えられるかは不明だが、一応材料切れするらしい。
生物、鉱物、液体、気体と、この次元の全てを自然に配慮しながら周囲から集めて物品制作できる。
但し生物とかの複雑な物を作ろうとしても記憶とかまでは再現できないらしく、精巧な肉模型が出来上がる事は以前に確認済みだ。
その場で必要な物品を数秒で作り、要らなくなったら即分解収納できる、サット氏直伝(?)の超便利システムだ。
「...よし、とりあえず水確保はOKかな。」
砂の分子を使ってセラミックボトルを作り、少し時間をかけて草木から水分を抽出し入れる。
自動で補給できるウォーターボトルの完成だ。使用頻度の高い荷物はリュックに入れる。
気付けば大分時間が経った様で、もう夕方だ。腹が減ったが...。
「あまり前の素材は使いたくないんだよな。」
この次元で前次元の素材が使えるかは試してないが、大量の蓄えはある。
次元シフト前にしこたま揃えておくようにオーダーしておいた。サットの話では、多分使えるだろうとは言っていたが...。
香辛料や動物素材を確保できる機会が次はいつになるか分からないので、今晩は草木からの繊維質ビスケットで我慢しよう。
セラミックから頑丈で薄い壁の3メートル正方形シェルターを製造して、クリーム白樺の木上に設置した。縄梯子で昇降できる。
シェルターの中に草木マットを敷いて、ポンチョの様な外套にくるまって寝ることにした。
明日は現地調査兼素材集めしないと...。色々あったせいか、自然に寝てしまった。