日本の悪夢
30年後、中国が振りかざしそうな論法を予測してみました。
2050年。 世界は、どこも、住みにくくなっていた。
地球温暖化と、環境破壊に、ブレーキがかけられず、農業の生産物は、激減。漁獲高も激減していた。
人類は、目の前の快楽を追求するばかりで、どうすれば、地球の環境を守れるかという、長期的な展望を忘れていた。
SDGsとか言って、何とかしようという者も、多少はいたが、そういう賢い者は、多数派にはなれない。
大局的にみれば、転がり落ちるような速さで、地球は、全ての生き物にとって、生きづらい所と化していた。
温暖化は、局地的な集中豪雨も もたらすが、水分の蒸発をも うながすので、全体的には、日照り続きと同じ状態になって、作物の収穫は、以前の十分の一以下。米も、麦も、トウモロコシも、全て、育たない。
海水温も上昇するし、森林破壊に伴うブランクトン減少、環境破壊に伴うマイクロプラスティック汚染の進行で、食べられる魚、貝、海藻さえも、ほとんど、取れなくなった。
それでも、人口が少なくなったので、日本は、どうにか、やりくりできる国だった。
すぐ傍の、過大な人口をかかえる中国から見れば、食料が少しでも取れる国、豊富な水資源を持つ国として、日本は、夢の国のように見えた。
そこで、中国は、欲望むき出しで、領土も、国民も、チベットのように、ウィグルのように、日本を取り込んでしまおうとし始めた。
中国の実力者、最高指導者は、こういう言い分を展開した。
「大昔、秦の始皇帝の時代、徐福という男が、中国から日本へ渡った。
大船団を組んで、何千人という、男女の若者、技術者などを連れて行ったのだ。
不老不死の霊薬を見つけて、始皇帝に届けるという約束だった。
探索が長期にわたる可能性もあるとして、大量の穀物まで持って行った。
結局、彼らは、そのまま、日本にとどまった。霊薬も、中国には、もたらせられなかった。
日本は、そのころ、まだ、全くの未開の地で、卑弥呼が登場するのは、それから、400年も経ってからのことである。
つまり、日本には、文明も文化もない時代に、当時としては、最高の、中国の文明、文化を持って行ったのが、そして定住したのが、徐福たちであった。
彼らは、日本の発展の、大恩人というべき存在になった。稲作も、布を織る技術も、木や石や金属を本格的に加工する技術も、彼らが伝えた。教えた。帰国せずに、その土地の人々と、婚姻などして、同化して行った。
彼らのDNAを受け継いだ者も、今の日本人の中には、かなりの割合で存在する。
日本は、今こそ、その、恩返しをすべき時である。
数億の中国人を受け入れ、食と水と生命の保障をすべきである。
平和的な受け入れを希望するが、うまく話が進まない場合は、我々は、なりふり構ってはいられない。
多少、強引と言われても、中国は、やる時はやるのだ。台湾の時と同じように………」
チベット、ウィグル、台湾、そして、次に 狙う所は?