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恋人のピアス 忘れられたダンス




 会場に入った瞬間から、レオノーラの姿は見えていた。水色のドレスと、青色のピアス、髪留めも青色で、ネックレスも青。あそこまですると、わざとらしい。コルネリアは、自分のピアスに、触れてから、会場の隅にある椅子でくつろいでいた女性たちの輪に入った。


 「あら、コルネリア」

 「クラーラ、お久しぶり」


 数少ないコルネリアの友人であるクラーラ・カヴァリエリ侯爵令嬢は、数人の令嬢と話していたようだ。すぐに、クラーラの隣があけられて、コルネリアは給仕にシャンパンを貰ってから、座った。クラーラが話していた友人の中には、少し年若い、レオノーラの友人たちも混ざっている。中でも、フェデリーカ・モンテッラは、レオノーラの信奉者だ。


 「コルネリアは、婚約者が変わったのだってね?」

 「ほかに話題がないのね?」

 「そうね。最近は、面白いことが少ないから、社交界ではバルベリーニ姉妹の愛憎劇が話題よ」

 「愛憎劇というほどのことはないわ。いつもの、レオノーラのわがままよ」

 「あら、そう。お姉さまは、いつもと同じで、受け入れたってこと?その割に、アクセサリーは青いのね」


 クラーラが、ピアスに触れて、微笑みを浮かべた。クラーラは、コルネリアの意図を汲んでいるようで、笑って煽ってくる。弟の婚約者は、弟と同じで、とてもたちが悪いのだ。


 「新しい婚約者とはどう?」

 「あなたの予想通りよ、クラーラ」

 「あなたの王子様は一人ですものね。しょうがないわ」


 クラーラは給仕を呼び止めて、新しいシャンパンを二つ手に取った。


 「あなたの婚約を祝して」

 「クラーラ。どういうつもり?」


 声を低くすると、クラーラは楽しそうに声を上げて笑った。シャンパンを煽ると、最近流行のオペラの話を始める。その物語が、バルベリーニの騒動によく似ていて、おそらくはそれをモデルにしているのだろうと笑う。


 「それは、面白そうね」

 「あら、意外。怒るかと思ったけれど」

 「いいえ、見てみたいわ」


 趣味が悪いのね


 そうクラーラが笑うのを見て、コルネリアも笑った。クラーラは酒に弱い。クラーラはもともとよく笑うが、酒に酔うと、もっと笑う。すなわち、すでに酔っているのだ。クラーラに水をすすめようと給仕を呼び止める前に、影がさした。


 「コルネリア嬢」


 先ほど、分かれて、今日はそれぞれに行動することを約束した婚約者だった。約束したというよりかは、強制的にそうしただけだが、男も同意したと思っていた。コルネリアは、片眉を上げて、先を促す。使用人に対するような態度だが、ラウロは、怒ったりしない。むしろ捨てられた犬のように眉尻を下げていた。


 「あら、コルネリアの婚約者じゃない?」

 「クラーラ、あなたはお水を飲んでちょうだい」

 「どうして?」


 コルネリアの言葉に、ラウロは慌てて給仕を呼び止め、水を貰い、クラーラに渡した。


 「それで、何かご用ですか?」

 「せっかくの、舞踏会です。一度でいいので、踊りませんか?」


 意を決したようにラウロは、口を開いた。女性たちの一団は、今、話題のバルベリーニ騒動の一部を固唾をのんで見守っていた。


 「あなた、本気でおっしゃってるの?」


 コルネリアは意識して冷たい視線を作った。女性たちは、きっと、バルベリーニ騒動が真実であると盛り上がるだろう。すでに、王女も知るところとなったのだから、この後もしばらくは、うわさは続く。コルネリアは、別にそれで構わなかった。意識して、青いアクセサリーをつけていたし、わざと、ラウロが送ったドレスも身に付けなかったのだから。


 「コルネリア!」

 「なに、クラーラ」

 「さすがに、駄目よ。あなたのそれは、ルール違反」

 「クラーラ、でも」

 「言いたいことは分かるわ。でも、ダメ、踊りなさい」


 クラーラは、意味ありげな言葉を選んだ。酔っていても、クラーラの言葉選びは秀逸だった。冷たい氷のような雰囲気の中で、唯一、フェデリーカだけが楽しそうにしているのが見えた。一瞬、視線を向けただけだったが、フェデリーカは扇子で口元を隠した。その下の表情はよくわかる。クラーラの視線に促されて、ラウロが手を差し伸べた。


 「……喜んで」


 コルネリアは、不愉快であることを隠しもせずに、その手を取った。ダンスのステップを踏みながら、コルネリアは、つまらないという表情を崩さなかった。あとは、時折、元婚約者の方を見る。ラウロの視線がどんどん下がっていることにも気づいていたが、やめる気はなかった。ラウロに嫌われてもいい。それで、構わない。結婚は覆らないのだから。


 「コルネリア嬢、あの、もう一曲」

 「一曲で構わない、そう仰ったのはあなたでしょう?」

 「お姉さま!」


 先ほどから、輝かんばかりの笑顔で踊りまくっていたレオノーラと、オズヴァルドが仲睦まじく手を繋いで現れた。コルネリアは、ラウロがエスコートのために伸ばした腕も無視して、一人で背筋を伸ばして立って、2人を迎えた。


 「レオノーラ」

 「見て、今日のドレス!すごく綺麗でしょう?オズヴァルドがくれたの」


 舞踏会の前はそれぞれに準備がある。ドレスは、見せられていたが、着た姿は確かに、今日初めて見る。姉に褒めてほしい一心で、一周するレオノーラを、オズヴァルドが微笑ましく眺めていた。それを、たくさんの人が、見ている。


 「すごく似合うわ、レオノーラ」

 「お姉さまも、とてもお綺麗。ラウロ様が下さったの?」

 「いいえ」


 コルネリアは、一通り、レオノーラを褒める。髪型も素敵、メイクもいいわ。そう褒め続けると、レオノーラはとても嬉しそうに、コルネリアの両手を握った。


 「私もお姉さまみたいに、背が高くて、スレンダーだったら良いのに。そしたら、オズヴァルドの隣に立っても恥ずかしくないわ」

 「レオノーラ、そんなことないよ。レオノーラはそのままで、完璧だ」


 恋人同士の会話に、コルネリアは嫌気がさした。オズヴァルドの洗練された容姿、スタイル、言葉なにもかもが王子様然として完璧だが、元婚約者への配慮だけはかけていた。この人の隣に立つためにした努力は、誰が否定しようと本物だった。それは、オズヴァルドも知っていたはずなのに、あっさり恋というものの前で、敗れた。

 努力したことも報われない。レオノーラの可愛さの前で、すべてが屈する。

 知っていたことだったが、ここまでくると、コルネリアも努力をやめたくなる。コルネリアは、それでも、オズヴァルドにいつもの微笑みを浮かべた。少しでも、柔らかく、優しく見えるように研究した微笑だ。せめて、オズヴァルドには、この表情の自分を覚えていてほしかった。






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