喪服のお姫様 誰のために踊る
ラウロに貰ったチョコレートは宣言通り、レオノーラに渡した。
「まあ、私に?ラウロ様から?」
「ええ、そうよ」
「これ、王都ですごく人気なのよ?紅茶をいれるから、お姉さまもいかが?」
「私は、甘いものは好きではないから」
レオノーラは上機嫌で、チョコレートの包みを開けている。宝石のようにキラキラしているチョコレートをいくつか選び取って、残りは近くに控えていたメイドたちに渡し始めた。もちろん、コルネリアに従って来たデボラにも渡そうとする。
「デボラ」
「お姉さま、いいでしょ?デボラだって、たまには」
レオノーラの気遣いに、デボラは感激している。優しく鷹揚な自分に酔っているレオノーラに、何を言っても無駄なことは知っている。コルネリアは、許可とも不許可ともつかない目で、デボラを見た。デボラは、特に考える様子もなく、レオノーラの伸ばしたチョコレートに手を付けた。
やっぱりね
デボラの主人が誰か分かって、コルネリアは、わずかに目を細めた。警戒を怠らないようにしようと決めて、コルネリアは、静かに目の前のティーカップの中の紅茶を見つめた。レオノーラは、心優しい侯爵令嬢としては満点だが、おそらく屋敷を仕切る伯爵夫人としては、苦労するだろう。優しい妹が苦労するところを想像して、ほんの少し溜飲が下がる。コルネリアは妹を愛していたが、同時に許せずにいるのだから、これくらいは母の遺言にも逆らっていないだろう。
「お嬢様方、たまには私も混ぜてほしいな」
ノックもなく、現れた弟は、金色の髪と焦げ茶色の瞳をしていて、自分と妹の中間地点のような面立ちをしている。身長は、コルネリアよりも少し高いにとどまっているが、これから、もう少し伸びるかもしれない。
「お兄様!お帰りになったの?」
「エジェオ、淑女の部屋にノックもせずに入るなど、紳士のすることではありません」
「これは失礼を、姉上」
扉まで戻って、ノックをするという嫌がらせのような行為を、コルネリアが睨みつけると、弟は笑った。
「お兄様、お仕事は?」
王宮で宰相の補助をしているエジェオは、ほとんど家に戻らない。たまに戻ってきても、コルネリアを煽るくらいしかしてこないエジェオを、どんなに叱っても、態度がなおらないのはいつものことだった。
「デメトリア王女殿下から、舞踏会の招待状をお預かりしたのさ。ほら、2人に。」
「まあ、デメトリアから?」
「レオノーラ」
「デメトリア王女殿下から?」
コルネリアが叱るように言うと、一応、呼び方を改めたが、レオノーラにとっては、王女殿下はたくさんいる友人の一人で、その中でも親しい部類に入る。友人のあまり多くないコルネリアにとっては、舞踏会なんて楽しいものではないが、レオノーラには違う。
「婚約者を取り換えたなら、見せに来なさいだって」
コルネリアは、受け取った招待状を開けもせずに、デボラに手渡した。
「主催は?」
「デメトリア王女殿下だよ。まあ、だから、小さなパーティー程度に思って大丈夫だと思う」
「あなたは、どうするの?」
「姉上。取り換えたなら見せに来なさいっていうのは、あなたにも言っているんだからね。僕をエスコート役に指名しようとしたって無駄だよ」
「あの小娘、嫌がらせね」
「お姉さま!」
「王女殿下も、性格がお悪くてらっしゃるわ」
コルネリアは、言い換えながら、招待状をびりびりに破りたくなった。
「王女殿下のドレスの色は?」
「いつもと同じ」
「そう」
デメトリアは、いつも黒いドレスを身に着けている。喪服の色である黒は、社交場で身に着けるには非常識だが、王族のそれを注意することは誰にもできない。実際問題、デメトリアは喪服のつもりで着ているのだ。それも元婚約者を偲んで身に着けて、現在の婚約者への嫌がらせに使っている。別に元の婚約者が好きだったわけでもないくせに、性格の悪さは王宮内随一だ。レオノーラは、そんな王女殿下のこともお優しい方と言うから、頭のねじが緩んでいるとしか思えない。
「お姉さま、楽しみね?」
いつも舞踏会に行くときは胸が躍った。婚約者の色を身に着けて、ダンスをして、少しお酒を飲んで、語らう。婚約者が、友人たちのところへ行ったら、そっと遠くから王子様を眺める。楽しみで堪らなかったが、今はそうはいかない。
「そうね」
舞踏会の招待状は、おそらく、婚約者のもとにも届いているだろう。妹にチョコレートを渡すと言ったら、喜んだ婚約者だ。妹も一緒だと知ったら、尻尾を振ってくるだろう。コルネリアはぐっと奥歯をかみしめた。そうしないと、淑女らしからぬ言葉が出てしまいそうだったからだ。弟がそれを、とても楽しそうに眺めているのを見て、性格の悪さは兄妹で随一だと思った。この性格の悪さなら、バルベリーニ侯爵家は次代も安泰だろう。