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とけたチョコレート 時計の音




 ラウロは、1週間に1度のご機嫌伺いを続けるか、やめるか、非常に悩んでいた。先週は、とてつもなく心臓を締め付けられる思いをしたのだ。今回も同じことが起こる可能性が高い。それを分かって、バルベリーニ侯爵邸に行くのは、被虐思考がないと厳しい。正直、今回のことは、両親も非常に残念がっていた。お人形さんを連れまわせると信じていた母も、可愛い娘が出来たと思っていた父も、意気消沈だった。そんな中、不仲であると言い出すこともできず、1週間に1度のご機嫌伺いをやめるとも言えず、また、来てしまった。

 

 「あの、コルネリア嬢は?」

 「ティータイムのお時間です。お庭にいらっしゃるかと」

 「それは、行ってもいいのかな?」

 「いえ、終わり次第、客間に向かうとおっしゃっていました。」

 「うわー。」


 思わず口にしそうになったけれど、耐えていた言葉を、後ろに立っていたティーノが言ってしまう。フットマンも非常に申し訳なさそうにしているのを見て、ラウロは、客間に大人しく向かうことにした。紅茶を何杯飲んでも、調度品をチェックしても、いつまで経っても、コルネリアは来ない。商会の仕事の合間に来ているので、さすがに、これ以上はいられない。ラウロは、フットマンを呼んで帰ろうと、ティーノに視線を向けた。その時、ノックの音がして、コルネリアが入ってきた。


 「お待たせいたしました。」

 「え、あ、はい」


 さすがに待っていないとは言えず、ラウロは、返事を濁した。コルネリアは、いつもと同じ表情で、いつもと同じ丁寧な物腰で対応してきたが、割と不機嫌そうだ。


 「それで、ご用は?」

 「……ご機嫌伺いに」


 もう、何を言っても不興を買うのは分かっていたので、正直に言った。コルネリアは、ため息をついている。ああ、今日も、部屋が凍っていく。


 「この間も申し上げましたが、それは結構ですわ。用がないなら、お帰りはあちらです」

 「コルネリア様、ずっとお待ちいただいていたのです。さすがに」

 

 フットマンが、とりなそうとした瞬間に、コルネリアは、立ち上がっていた。


 「いつ、お前に意見をしていいと言いました?」


 この時、初めて、コルネリアはレオノーラとは違うということが分かった。レオノーラは良くも悪くも鷹揚で、とてもやさしかった。一方で、コルネリアは、女主人として侯爵家を仕切ってきただけあって、とても厳しい。コルネリアは、この屋敷で恐れられている一方で、とても敬遠されているようだ。レオノーラが、お姉さまは厳しいけど優しいわとよく言っていたが、前半部分しか、ラウロには分からない。


 「コルネリア嬢、手土産を持ってきたんだ。それだけ、受け取ってくれないか。そしたら、帰るから」

 「受け取れないと申し上げたはずですが」

 「今度は、高価なものじゃない。これ、最近商会で取り扱ってるチョコレートなんだ」


 立ち上がって、目の前まで手を伸ばしたが、やはりコルネリアは受け取らない。近くに控えていたいつものレディ・メイドがわざわざ取りに来た。中身を確認するのもレディ・メイドの仕事のようだ。


 「レディたちの間でも、すごく人気で、」

 「私は、甘いものは好みません」

 「……あ、そうなんだ」


 好みを調べなかったのは、ラウロのミスだ。前回と同じように突き返されると思って、身構えた。正直、トラウマになるくらいには、傷ついている。


 「それは、申し訳ない。持って帰るよ」

 「レオノーラは、甘いものが好きですから、あなたからと言って、渡しておきます」

 「え?」


 こちらを見ずに、コルネリアが言った。コルネリアは、明後日の方向を見ていて、チョコレートにもラウロにも興味がなさそうにしている。突き返されることを覚悟していたが、行き場が決まって良かった。ラウロは、少し安心して微笑んだ。


 「そうか、よかった。そうしてくれるとありがたい」


 ラウロに一瞬目線を向けて、コルネリアは静かにまた視線を逸らした。いつもの冷たい視線でも不機嫌な視線でもなく、わずかに悲しそうな視線で、ラウロは戸惑った。自分の言動を反芻しても、何がコルネリアの感情を揺さぶったのか、全く分からない。


 「コルネリア嬢?」

 「それでは、お帰りは、そちらです。コズモ、案内を」


 フットマンに、視線を向けると、先ほど叱責されて硬直していたコズモが、機械仕掛けの人形のように動き出した。踵を返すコルネリアを見て、今日も見送りがないことが分かった。

 商会に戻ったら、仕事が山積みになっているはずだ。無心になれる量の仕事を用意してもらう約束になっている。先ほど見た、初めてのコルネリアの表情が引っかかっているが、仕事をこなせば忘れられるだろう。


 「ラウロ様。そろそろ、本格的にお考えになった方がよろしいのでは?」

 「何度も言うけど、婚約破棄はできないよ」


 コルネリアとの修復不可能な不和を知っているのは、ティーノだけだ。ティーノの目から見ても、おそらくコルネリアとの間にまともな夫婦生活は送れないという予想なのだろう。ラウロは、分かってはいたが、非常につらかった。気持ちいいくらい持ち上げてくれていたレオノーラは、結局、他の男を選び、次の婚約者は、自分のことを、めちゃくちゃに嫌っているのだから。


 「いいえ、愛人選びです」

 「……もう?」


 できれば、やりたくないとは思う。ここで、愛人を囲ったら、コルネリアと本当に没交渉になってしまう。だが、コルネリア自身が薦めたことでもあるのだ。


 「良い人をお選びください。奥様があれでは、心休まりません」

 「それは、そうなんだけど」


 貴族社会ではよくあることだ。妻のほかに愛人がいて、妻にも男がいることは、よくあることだ。美人を妻にしているくせに、愛人を囲う意味が分からないと常々思っていたが、どんなに美人でも、確かにあれでは休まらない。愛人と妻の修羅場なんて見たくないけれど、そこを上手にするのが、ラウロの役目になってくるのだろうか。

 ラウロは、ティーノに一応、一覧を作るようにだけ言って、目を閉じた。目を閉じると、コルネリアのあの表情が思い浮かんだ。意味は分からないし、分かったところで、関係性が変わるとは思えない。でも、コルネリアは、違う表情もできるのだなと思った。コルネリアが、もし、微笑んでくれたらと想像してしまう。1年に1回だけ微笑んでくれたら、364日氷のような表情でも耐えられるのにな、そう思ってしまった。





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