光のあの子 漆黒の私
「お姉さま、どう思う?」
「そちらの方が、あなたに似合っているわ」
コルネリアは、妹の私室で白い布にまみれて座っていた。レオノーラは、レースをふんだんに使ったウェディングドレスを着て、鏡の前で一周した。ベルティーニのメゾンでウェディングドレスを作っていたのは、コルネリアだった。仮縫いまで済んでいたが、それはキャンセルになり、今、レオノーラの採寸が始まった。半年しかないが、どうやら、コルネリアの元婚約者が、圧力をかけたようでお針子たち総出で、ドレスを作るらしい。最新のデザインと美しい針目、ベルティーニのウェディングドレスはご令嬢たちの憧れの的だ。レオノーラももしかして、このウェディングドレスを着たいがために、こんな茶番をしたのではと、思わなくもないほど、ベルティーニのドレスは美しかった。自分が着るはずだったウェディングドレスが、形になることはない。レオノーラから引き継いだウェディングドレスは、ラウロの曾祖母の代から当主の嫁が着るために大切にされてきたアンティークのウェディングドレスだ。体型に合わせて、縫い詰めることは許されても、デザインを大きく変えることは許されていない。
「ふわふわしてて、素敵。お姉さまの見立ては完璧だわ。やっぱり、これにする」
「ええ、お嬢様の雰囲気にも大変あっています。これならば、半年後にも間に合うでしょう。次は、ベールをお選びください」
妹の金色の髪にベールがかけられる。自分のものよりも明るいその髪も、瞳の色も、可愛らしい唇も、どれも、コルネリアには羨ましくて堪らないものだった。自分のきつく見える釣り目も、地味な髪の色も、高い身長も、平坦な胸も、どれも嫌いだ。コルネリアは厳しく見えるし、実際、とても厳しい人間だ。だから、人望もないし、誰もが妹に味方するのだ。
一通り選び終わって、レオノーラは、コルネリアの向かいに座った。しばらく、婚約者がくれたアクセサリーの話をしていたが、ふと会話が途切れる。近くに立っていた乳母のドナテッラが何度も視線で促しているのが分かった。ドナテッラは、コルネリアの乳母でもあったが、いつの間にか、妹一人に構うようになっていた。愛らしく甘えてくるレオノーラのことが、可愛くて堪らないのはよくわかる。
「あのね、お姉さま。私、お姉さまに、謝らなければと思って」
「なんのこと?」
やっと、ドナテッラの目線に応えた、レオノーラはピンク色の唇を突き出しながら、言葉を発した。この所作は知っている。反省はしているけれど、後悔はしていなくて、それでいて、謝らなければいけないことは分かっているけれど、謝りたくない時の唇だ。
「……オズヴァルド様のこと。好きになっちゃって、ごめんなさい」
謝る気がないな。コルネリアは思った。
「でも、オズヴァルド様も、私のこと」
「レオノーラ様!」
厳しいドナテッラの声に、レオノーラはより一層、唇を突き出した。
「お姉さまの、王子様だって知ってたのに、ごめんなさい」
「もう、過ぎたことよ。こうなったのは、カロージェロ様にも、責任があるわ。あなただけのせいではない。」
「でも……」
「あなたは、カロージェロ様が好き、カロージェロ様もあなたが好き。あなたが、幸せになれれば、それでいいわ。」
「本当に?」
そこまで言って、レオノーラは、淑女の作法を忘れて、コルネリアに抱き着いた。誰ひとり咎めなかったし、コルネリアも、ただ抱きしめた。泣いている妹の背中を撫でて、なだめすかして、微笑む。コルネリアは、とても厳しいが、妹だけには甘いことを、この家の人間全員が知っている。
「あなたは、いつまでも甘えん坊ね」
「お姉さま」
ぐずぐず泣いているレオノーラの目にハンカチを当てながら、コルネリアは、乱れた髪を撫でつけた。
「お姉さまは?」
「なに?」
「お姉さまは、ラウロ様と幸せになれる?」
コルネリアは、レオノーラに顔を見せないように、ギュッと抱きしめた。その所作に、ドナテッラが、淑女らしくないと非難の目を向けてきたが、無視した。
「私の王子様は、一人だから」
奥歯を噛み締めて、コルネリアは、レオノーラの背中を撫でた。天使の顔をして、レオノーラは、時折、とっても残酷だ。コルネリアは、妹を愛していた。でも、愛していても、許せないことはある。コルネリアは自分の手が、レオノーラを傷つけないように、強く握りしめた。