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紅茶の香り 群青色の愛

 




 コルネリアは、自室に戻ってから、人払いを命じた。ソファにあったクッションを床に投げつけて、ヒールで踏みつけた。今、社交界では高いヒールが流行っていたが、コルネリアは自分の身長と、婚約者の身長を加味して、いつも低めのヒールを履いていた。そんな配慮は、おそらくオズヴァルドには届いていなかったのだろう。何に怒りをぶつけていいか分からなくて、とりあえず、クッションをめちゃくちゃに踏みつける。可愛らしく甘える妹を選んだオズヴァルドに、結局文句の一つも言えなくて、コルネリアは、奥歯をぎゅっと噛み締めた。よりにもよって、結婚の半年前に、この裏切り。そして、よりにもよって、新たな婚約者がラウロとは、父親がいかに、コルネリアを軽く見ているか、分かっていたが腹立たしかった。ひとしきりクッションを踏みつけたところで、ドアがノックされる。クッションはそのままに、コルネリアは、ソファに座り背筋を伸ばした。いついかなる時も、淑女として生き、妹を大事にし、弟を助けなさいというのは、死んだ母の遺言である。大嫌いな父とは違い、母のことは好きだったので、コルネリアはその遺言を必ず人前では守っていた。


「お嬢様、紅茶をお持ちしました」

「入りなさい」


 お茶を持って入ってきたのは、レディ・メイドのデボラだ。コルネリアは、割と、使用人に厳しく接するので、妹と違って、メイドの入れ替わりが激しい。デボラが震える手で、紅茶を置いたせいで、ティーカップが音を立てる。コルネリアが片眉だけ上げると、デボラは一歩下がって、頭を下げた。


「申し訳ございません。」


 コルネリアのところにいたレディ・メイドは、たいてい、妹のところに行ってしまう。この屋敷では天使のように優しい妹の味方ばかりだ。もちろん、最初はおかしいと声を上げた。レオノーラの思い通りにすべてが進み、いつの間にか、コルネリアが悪者にされるのはいつものことだったからだ。でも、声を上げれば上げるほど、悪者にされることに気づいてからは、やめた。そして、何より、妹には悪気がないのだ。レオノーラは心底、コルネリアを慕ってくる。


「大好き、お姉さま」


 そう言って、はばからない。周りがどんなに、コルネリアを悪く言っても、レオノーラはそれを認めないし、天使のように優しいくせに、それだけは許さない。レオノーラは、コルネリアが本当に好きなのだ。母を幼くして亡くしてから、レオノーラにとって、コルネリアは母と同じだ。常に傍に居たがるし、真似をしたがる。そして、コルネリアには大層、わがままに振舞う。コルネリアがどこまで許してくれるのか、試すように、何度も何度も、わがままを言う。それを許すと、レオノーラは喜び、時折、叱るとより喜ぶ。だから、今回のわがままも、その一環かと思ったが、どうやらあの表情を見るに本気なのだ。あの表情をしている時は、どんなに叱っても、レオノーラは譲らないだろう。

 半年後には、コルネリアは、カロージェロ伯爵夫人になるはずだった。幼いころから交流があったオズヴァルドのことを、コルネリアは慕っていた。彼の隣に立てるように自分を磨いた。どんなに、周りに悪く言われても、伯爵夫人として生きていくために、自分にも他人にも厳しくあろうとした。出会った瞬間から、オズヴァルドを支えることだけを考え、コルネリアは際限なく努力をしてきたのだ。それを、オズヴァルドは知っていたし、応えてくれていると思っていた。胸がギュッと苦しくなって、父のことが憎くなった。父は母を愛していたとは到底思えないが、なぜか子どもたちの中で最も母親に似ている末っ子のレオノーラを溺愛していたし、その次には嫡男のエジェオを愛した。そして長女のコルネリアを、駒の一つと思っている。母親代わりに二人の世話をするナニーの一人くらいに思っている節があることを昔から感じていた。領地から戻ってくるときに、二人に手土産があっても、コルネリアには本一冊が渡されるだけのことはよくあった。その本も、いつも、趣味嗜好と異なるものだったり、年齢に合わないものだったり、適当に選んだのだろうなとは思っていた。コルネリアに愛情がない理由の一つは、父の希望を叶えなかったからであることは知っている。

 コルネリアは、年齢的にも家柄的にも、第一王子の妃候補の一人だった。だが、コルネリアは、努力をしなかったのだ。その頃には、コルネリアの王子様は定まっていたので、クラウディオ王子の妃になるつもりは毛頭なく、努力もしなければ、自分の容姿を最大限活かして、嫌われるよう仕向けていた。野心家の父は、外戚になることを望んでいたのだから、怒りは、すさまじかったが、その怒りが通り過ぎるのを只管に待って、オズヴァルドと婚約できたのだ。あの日ほど、神に感謝したことはない。

 だというのに、なんてことだろう。

 コルネリアは、ティーカップを壁に投げつけたい衝動に耐えて、踵の低い靴に力を込めた。奥歯をぐっと噛み締めて、あのラウロのへらへらした顔を思い浮かべる。眉間にしわを寄せ、手を握りこむ。それくらいしていないと、表情が崩れそうだった。





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