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セピアの肖像 モノクロのキス




 今日のコルネリアも、非常に嫌そうだ。いつも全力で嫌であることを主張するが、今日は少し違う。嫌であることを表出することすら、嫌なようで、とても投げやりだった。コルネリアが流行の靴を持っていないことを知っていたので、最近、営業成績の良いアメデオに連れて行った。コルネリアがプレゼントを拒否できないことを良いことに、靴を作らせる、という作戦までは良かったのだが、従業員の不用意な一言で、危うくプレゼントすら拒否されるところだった。身長が女性としては高めなコルネリアでも、ラウロとの身長差はかなり大きい。それを埋めて、少しでも、似合いの二人に見えるようにと考えてのことだったが、それを察せられたら、絶対に拒否される。危なかったが、青い靴を勧めたことで、コルネリアの警戒をとけたらしい。

 たとえプレゼントしても使ってもらえないなら意味がない。レオノーラは、プレゼントを全力で喜び、使い、そして要求した。際限なくプレゼントしてしまうほど、レオノーラは、喜んでくれた。でも、コルネリアは違う。コルネリアは喜ばない。決して、受け取らない。今は受け取ってくれても、決して、使わない。これからは、使ってもらえることが、目標だ。

 投げやりなコルネリアは、全力でラウロを無視し続けているが、強い心で、次の目的地に誘導する。少し高級志向の茶葉専門店で、紅茶に合わせたハイクラスのためのアフタヌーンティーを提供している。もちろん、個室である。狭くはない個室に置かれた小さくはない机だが、近接して椅子が2脚並ぶ。もちろん、ラウロの指示である。

 コルネリアは、黙っているが、非常に怒っているようだった。それを出すのすら嫌がっているようだが、冷たい空気は、意図せずとも流れている。店の者はわずかにすくんでいるが、オーナーであるラウロが指示をすれば、ぎくしゃくとしながらも動き出した。ハイクラスのためとはいえ、貴族に仕える者のようにはいかないなと思った。


 「ここは、ハイクラスに提供するアフタヌーンティーが売りでして」


 言葉と同時に、一口サイズのケーキやマカロン、最近売り出しているチョコレートの中でもビターなもの、それから少し多めに軽食を出していく。甘いものを好まないコルネリアのために、考えた特別メニューであった。紅茶も、最高級品をいくつか取り揃えて、ティーポットを置かせる。


 「どうでしょう?お好きなものをお召し上がりください」

 「……ずいぶん豪華なのですね」

 「ここでの、通常のものです」


 特別製と言ったら、嫌がるだろうと、言葉を選んだ。


 「そうですの。それでしたら、我が家のアフタヌーンティーでは、貧相で、ご満足いただけていなかったのね」

 「あ、いや、そういうことでは」


 言葉選びを間違えたらしく、ラウロは、焦った。このままでは一口も食べてもらえないかもしれない。


 「貧相な侯爵家で育ちましたので、このようなものはとても口にはできません」

 「いや、そういう意味ではなくて」

 「食べたくありません。そういえば、分かっていただけます?」


 今日は、投げやりだった。だから、いやいやでも食べてくれると思っていたのだ。コルネリアを甘く見ていた。皿に付け分けられたマカロンとチョコレートがつやつやしているが、それを眺めていても、コルネリアが手を出すことは一切ない。


 「お嬢様」

 「気分が悪いの。帰るわ」


 咎めるようなレディ・メイドの声にも、コルネリアは一切の感情を出さない。今日は、いつもと違って、本当に静かに怒っているらしい。


 「……ジータ殿、それでしたら、こちらの品を包みます。持ち帰っていただけませんか。さすがに、このまま突き返すのは職人たちに申し訳ないので」


 近くに立っていたティーノが助け舟を出してくれた。ナイスすぎる。


 「取り扱いを説明させますので、一緒に来てください」

 「ですが、それでは、ここにお2人きりになってしまいます」

 「我が主が、何かできるとでも?」

 「……それは」

 「ジータ、早く行って。早く帰りたいわ」


 ジータは少し迷ってから、ティーノに従って、部屋をでた。ほぼ、同時に、コルネリアは、腰をわずかに浮かせて、座りなおした。投げやりな態度の中、静かに、怒り狂って、この部屋を氷点下にしていたコルネリアが、わずかにこちらを向いたのが気配でわかった。

 今日、自分は完全にやりすぎていた。調子に乗って靴を無理やり作らせ、調子に乗って、ここまで連れてきた。コルネリアが怒るのも致し方ない。反省していることを前面に出して、恐々、コルネリアを見ると、無表情のままだったが、先ほどのような拒絶はなかった。真っ赤な唇がわずかに開いた。

 名前を呼んでもらえる。

 そんな気がして、ラウロも唇をわずかに開けた。コルネリアはゆっくりと、右手の手袋を外して、ラウロの前に置かれたままの皿に手を伸ばした。ケーキスタンドは回収されてしまったが、ラウロとコルネリアの前にはそれぞれ、給仕されたピンクのマカロンと、ビターチョコレートが残っていた。コルネリアは、あえて、ラウロの前のピンクのマカロンを取った。手入れの行き届いたピンク色の爪は、食紅で色付けされたマカロンよりもずっと綺麗だった。人差し指と親指でつまんだそれを、コルネリアはゆっくりと口にした。小さな口で、半分ほど口にする。赤い口紅にマカロンのピンク色が対比して見えて、ラウロは意味も分からず手に汗をかいた。噛み痕が残っているマカロンを指でつまんだまま、コルネリアは咀嚼して飲み込んだ。ほぼ同時に、ラウロも生唾を飲み込む。

 そのまま、もう一口、食べるのかと思ったが、コルネリアは、その残ったマカロンをゆっくりとラウロに近づけた。ラウロの半開きの唇にマカロンと指先が触れた。


 やばい、これ、本当に、やばいやつ

 半分食べたマカロン、半分くれるつもりなのか

 これ、食べていいのか

 指、細い、加減間違えたら噛んじゃいそう

 爪、ちいさい


 全身が心臓になったかのように、ドキドキして、鼓膜の毛細血管の拍動が大きく聞こえた。口を大きく開けると、半分のマカロンが入れられる。バラの香りと甘さにくらくらと酩酊しそうになった。口の中にマカロンが張り付いて、まとわりつくのを、紅茶で流す。その不作法を、コルネリアは、穏やかな表情のまま見つめる。次に、ココアパウダーのまぶされたビターチョコレートを手に取った。最近、売り出し始めたチョコレートは、体温に触れるとたちまち溶け出す。それを、そのまま、ラウロの口元に運ばれた。


 とける、とける

 早く食べないと、溶ける

 ああ、やばい、そんな目でまっすぐ見ないで


 顔が真っ赤になっている自覚があった。その目に、自分の情けない顔が映っているのかと思うと、そらしたくなったが、そらせなかった。オズヴァルドのような容姿であったら、こんなことを思わなくていいのかもしれない。オズヴァルドは、こんなことをされていたのだろうか。

ああ、でもそんなことより、溶ける

 指先が唇に触れた。その小ささに、頭の中で何かが爆発して、とっさに、コルネリアの腕を掴んでしまった。びっくりした表情をコルネリアはしたが、逃げる様子はなかった。指先のココアパウダーの汚れに、何も考えないまま、舌を這わせる。親指、人差し指、ゆっくり舐めとってから、やってしまったと思った。これは、あまりに不作法すぎる。コルネリアから仕掛けられたことだとしても、これは、やりすぎだ。

 手首を持ったまま、コルネリアの顔を見る。彼女は、ダメな人、そんな表情を見せてからクスクス笑った。


 殺される、コルネリアに殺される

 可愛すぎて、殺される

 

 あまりの殺傷能力に、ラウロは手を離して、銃でも突き付けられているかのように、両手を上にあげて見せた。

 コルネリアは嬉しそうに、笑ったまま、皿に手を伸ばした。ラウロが舌を這わせた指で、もう一つのビターチョコレートを手に取って、自分の口に入れる。汚れてしまった指先を、ちろりとピンク色の舌が舐めた。


 あああああああああああああああああああ

 やばい、やばい、やばい、もう言葉が、やばい

 これ、間接キ、あああ、やばい、言えない

 言ったら、頭がおかしくなる


 コルネリアが普段そんな不作法をするなんて、全く思わない。おそらくは、ラウロの真似をしたのだということに、頭が、やばくなる。熱を鎮めなければいけないことも、ジータが帰ってくる前に、いつもの雰囲気に戻さなくてはいけないことも分かっているが、どうしても熱が引かない。静かに、指をナプキンでぬぐい、手袋をはめる。紅茶を飲んで、姿勢を正したコルネリアを見て、自分もそうしなければと思えば、思うほど、もうダメで、結局、両手で顔を覆う羽目になった。


 「……お嬢様、これは?」

 「さあ?終わったの?帰りましょう」

 「……はあ」


 最近は、別れの挨拶もないので、両手で顔を覆ったままでも、さして困りごとはない。足音がしないように廊下に敷き詰められている絨毯のせいで、出ていったか分からない。


 「……で、何があったんですか」

 「帰った?」

 「ええ」

 「いや、もう、だめで、言葉にもできなくて、とにかくやばかった」

 「……あんたが、一番やばいですよ。せっかく引き離してあげたのに、これじゃ、メイドに何かありましたって言ってるようなもんだよ」

 「分かってる。分かってるんだけど、本当にやばかったんだ。破壊力が、やばくて、もう、どうにもならなくて」

 「言語野を破壊されたってことでよろしいですかね」


 ティーノの小言に言い返すための語彙力も根こそぎ奪われたようだ。あんなに可愛いコルネリアを見せられたということは、今日、自分は死ぬのかな。そう思う程度には、婚約者が可愛かった。






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― 新着の感想 ―
[一言] いま19話まで読みました。 あああああすごく良い!ラウロ最高じゃない? つれなくしているのに思いを寄せてくれる、贈り物で形にしてくれる、でもヘタレ。 最後まで読み終わったらこの印象が変わって…
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