表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

金色の髪 青色の瞳




 コルネリアは、私室から見える庭を眺めながら、右耳のピアスに触れた。淑女らしくない作法ではあったが、咎める人間は、コルネリアの周囲にいない。青いサファイアのついたシルバーのピアスは、コルネリアが気に入ってよくつけているものだ。いつもとは異なり、身動きのとりやすいワンピースを身に付けた自分が、窓ガラスに映って見える。


 「姉上」


 ノックの音もせず、扉が開く音がして、コルネリアはゆったりと振り返った。スカートがわずかに広がる。踵の低い靴が、小さく音を鳴らした。


 「エジェオ、ノックをせずに淑女の部屋に入るのは、」

 「紳士の行いに反する、ですね」


 そう言いながら、勝手に入り、勝手にコルネリアの私室のソファに座る。咎めるようにため息をついたが、エジェオになんら響いていないことは知っている。


 「あなたが、この家に帰ってくるなんて珍しい」

 「最近は、面白いことがありますからね。見逃さないために、たまには帰ってこないと」


 足を組んだエジェオは、自分の爪を指でなぞっていた。


 「姉上は、刺繍だの、嫁入り衣装だの用意しなくていいんですか?レオノーラは、もう、びっくりするくらい買いこんで、今も部屋でメイドたちと刺繍していましたよ?」

「向こうの家に、全てお任せしていますから、必要ないわ」

「おやおや、取り換えられたご自分の結婚には興味がないと」


 エジェオは楽しそうにニヤニヤと笑っている。コルネリアは、睨みつけるにとどめて、近くに控えていたデボラに紅茶をいれてくるように促した。小さく礼をして、デボラが離れていくのを、視界の端で確認する。


 「あなたね?デル・コルヴォ伯爵子息に、余計なことを言ったのは」

 「はて、何のことだか」

 「あの人と仲良くさせようだなんて、余計な真似はしないで頂戴」

 「私はただ、姉上に不幸な結婚をしていただきたくないだけですよ」


 コルネリアは、どうでもいいという表情のまま、エジェオの向かいの一人掛けソファに座った。


 「デル・コルヴォ伯爵子息と私が結婚して、幸せになれるとでも?」

 「なるかならないかは姉上次第だとは思いますけどね」


 言葉を切ったエジェオは、いつものヘラヘラとした人を苛つかせる笑顔をひっこめた。一瞬だけ真顔になり、そして、小首をかしげながら大層不敵に笑った。その笑顔は、他人の不幸を楽しむ魔王のようだ。


 「それよりも、よろしいんですか?そんなあからさまな呼び方で」

 「何が言いたいの?」

 「気づかれますよ」


 ノックの音とともに、デボラが紅茶のワゴンを押して入ってきた。


 「デボラ、もういいわ。エジェオは帰るそうよ。私も、出掛けます」

 「えー、帰るなんて言ってないのに。それに、今日は、ラウロが訪問するって言ってましたよ」

 「だったら?私は、出掛けます」

 「どこに」


 エジェオの質問に答えるわけもなく、コルネリアは歩き始めた。紅茶を前に顔をしかめているデボラの代わりに、ジータが外套を持って小走りに近寄った。その不作法を咎める表情をしたが、ジータは小さく微笑んだままだ。私室にエジェオを残したまま、歩き出す。ジータは、謝罪の言葉を口にしてから、全力疾走で玄関に向かった。おそらくは、馬車の手配をして、フットマンに外出する旨を伝えるためだろう。

コルネリアは、外套を手に持ったまま、ゆっくり歩きだした。


 「あら、お姉さま?」


 後ろから声がかけられて、振り返る。今日も誰もが羨む可愛らしさを惜しげもなく見せつける妹が、立っていた。そのイブニングドレスは、足元に行くほど深い青色になっていて、とても美しいものだった。首には大ぶりのサファイアがあしらわれたチョーカーが見える。


 「レオノーラ」

 「どちらに出かけられるの?」

 「孤児院に行ってから教会に」

 「また、ですの?お姉さまは、本当に熱心でらっしゃるわ」


 あなたは、興味がなさそうね


 そう言おうか迷って、やめた。ここで、話し込むのも時間の無駄だ。


 「お姉さまは、なにをお祈りされているの?」


 レオノーラは、コルネリアに近づいて、その両手を取りまっすぐに見つめてきた。これは、レオノーラの気が済むまで、付き合うことになりそうだ。


 「みんなの健康よ」

 「それ以外は?」

 「幸せを」

 「お姉さまの?」

 「ええ、私の幸せも」

 「お姉さまの幸せってなんですの?」


 王子様との結婚?


 そのピンク色の愛らしい唇が、そう形作るのが見えて、コルネリアは胸が締め付けられるような重苦しさを感じた。力いっぱい、コルセットを締められた時のような息苦しさだ。


 「そうね、幸せな結婚も」

 「でも……。じゃあ、他は?」


 でもの後に何を言おうとしたのか、言いよどんで止めても分かる。


 「孤児院の子どもたちの幸せよ」

 「お姉さまは、慈悲深いわ。」

 「子どもが好きなの」


 小さなころのレオノーラも大層可愛かった。コルネリアの後を付いて回るレオノーラ。コルネリアがいなければ、何もできなかったレオノーラ。コルネリアは、レオノーラを確かに愛していた。そして、今でも、愛している。その形は、わずかばかり変わってしまったけれど。


 「お姉さまは、子どもが好きなの?」

 「ええ、そうよ」

 「どんな子が欲しいの?」

 「……健やかであれば、」

 「でも、あるでしょ?自分に似ているとか」

 「そうね……私は、天使のような子が欲しかったわ」

 「教会の絵のような?」

 「ええ、そうよ」

 「……そうなの。そう、お姉さまは天使のような子が欲しかったのね」


 レオノーラは、やっと満足したようで、両手を離し、愛らしく手を振った。


 「気を付けてね、お姉さま。お帰りをお待ちしてますわ」

 「ええ、行ってくるわ」


 オルビア教会は、王都にある小さな教会だった。併設されている、孤児と寡婦のための神の家は、古い建物ではあったが、清潔であたたかだ。オルビア教会には小さなドゥーモがあり、そこには神の教えを伝えるステンドグラスがある。神の導きを伝える天使が複数、描かれていた。どの天使も、その姿は金髪碧眼の男児で、その愛らしさに、誰もが目を細めた。

 階段を降りると、息を切らして外套を羽織ったジータの姿があった。馬車はすでに用意されていた。静かに振り返ると、階段の上にレオノーラが立っている。愛らしい表情のまま手を振る妹に、コルネリアは、手を振り返した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ