中編
二日目は史跡の半分程度まで探索を進める事ができた。入り組んだ道にも次第に慣れ始めたので、明日には最奥地まで到達することができそうだ。レイとボルドはというと、相変わらず険悪なムードでピリピリとしていたが、逆にそのような空気感が当たり前のようになりつつあったのでとりあえず何とかなりそうに感じられた。
その日の夜、ドラゴンのような激しいイビキをかいているボルドの横で僕はサルジから言われた事に思いを巡らせていた。
もしこのドラゴン討伐の任務が建前なら、本当の目的は何なのだろう。何故僕ら四人だけがこの場所に送られたのだろう。答えなんて出るはずもなく、僕は悶々とした夜を過ごした。
調査開始から三日目、とりあえず昨日と同じように僕はサルジと一緒に史跡のさらに奥に向けて探索を始めた。昨日よりもはるかに効率よく僕とサルジは先へ進んでいた。昨日サルジに言われた事がまだ引っ掛かってはいたが、調査は順調に進んでるので少しずつその感覚は和らいでいった。
その時、そんな僕の気持ちを裏切るようにあの出来事が起こった。
「アアアアアアアア!! ダレガダズケテクレェェェェ!」
この世のものとは思えない壮絶な悲鳴が遠くからこだました。
…この声はボルドだ!
僕とサルジは無我夢中で来た道を引き返し、声の聞こえる方角へ走り出した。
「ロイドさん! サルジさん! どうか助けてください!」
やっとの思いで声の元へたどり着くと、僕はその光景に絶句した。
メラメラと激しい炎が空まで届くかと思うほど燃え上がっており、その中心にはボルドが身を焼かれていた。
レイが必死に炎に向けて樽に入った備蓄の水を放っているが、どうみても焼け石に水のようで炎が収まる様子がなかった。
「おい、ロイドの兄ちゃん! 何ボーッとしてんだ! 手伝うぞ!」
サルジの怒声に僕はやっと我に帰り、レイに加勢して三人で必死に水や不燃素材で鎮火を試みた。
どれほど時間が経ったのだろう。やっとの思いで炎は小さくなったが、すでに時は遅かった。ボルドは見る影もない姿で命尽きていた。
僕はとてもじゃないが直視できず、込み上げてくる吐き気を抑えるので精一杯だった。
しばらくの間絶望の空気が僕達を覆った。遺体は動物に喰われないようレイが近くに埋葬した。あまりにも残酷な惨事に僕は何も言うことができなかった。
「……そんで、レイの兄ちゃん。いったい何が起こったか俺達に分かるように説明してくれよ」
レイは頭を抱えて項垂れていたが、はっとした表情で顔を上げると静かに語り始めた。
「……私達はサルジさん達が探索に行っている間昨日と同じようにキャンプ地を警備していました。特に何事もなく互いに持ち場を守っていたのですが、あるときボルドさんが『昨日飲みすぎて頭が痛いから体を洗って治す』と言って備蓄の水の樽を持って持ち場を離れたんです。私は一々止めるのもまた無駄な争いになると思い見過ごしてしまいました。しばらくすると、サルジさん達も聞いたように大きな悲鳴が聞こえたので駆けつけたら……」
レイは険しい顔で口元を抑えながら話を切る。僕も先程の光景が思い起こされ気分が悪くなった。
「駆けつけたときにはもうヤツは燃え上がってたと? 犯人の姿は見てねぇのか?」
「ええ…ですが、あんなに激しく人が燃え上がるなんて普通では考えられません。やはりこの場所にはドラゴンが居るのでは……」
レイがそう言いかけるとサウジは苛立ったように舌打ちをして立ち上がった。
「はっ! 馬鹿馬鹿しい! どうせイカれた野党か山賊が燃料でもぶっかけて火を点けたんだろう。いいか、今後一切単独行動は禁止にして常に三人で行動するぞ…っておい! どこ行くんだロイドの兄ちゃん!」
僕は居ても立ってもいられなくなり、もう一度炎が上がった現場に戻った。燃え跡はまだ生々しく残されていた。
その中心のボルドが燃えていた場所の近くでは木の燃えかすのようなものが転がっている。先程のレイの話から察するに、これはボルドが体を洗おうとして用いた水の樽の燃えかすだろう。サルジが話したような何らかの燃料が注がれたような痕跡や容器のようなものは焼き跡の周りを探し回っても見当たらなかった。
しかし、焼き跡の中心から少し離れた場所にまとまった灰の塊のようなものがあった。よく見るとそれは、まとめて重ねられた植物が燃えきったものに見える・・・。
「おい! お前死にてぇのか! まだ犯人は近くに居るかもしれねぇんだぞ!」
「…ロイドさん、何か気になることでもあったのですか?」
気づくと二人が僕を案じて慌てて駆けつけてくれていた。そりゃそうだ。ついさっき仲間がここで殺されたばかりなのだ。
「ご、ごめんなさい、二人とも。何か手がかりがあるのかと思ったんですけど……何もなさそうでした」
「だろうな。素人でもねえ限り簡単に足がつくような証拠なんて残さないさ。とにかく、キャンプに戻るぞ。常に警戒して守りを固めるんだ」
ボルドが焼死した三日目は、それまでの探索を一旦全て中断しキャンプ地で身を守ることになった。まるで戦場に居るかのような緊張感が常につきまとう中、次は自分に迫り来るかもしれない命の危険に僕は内心とても酷く怯えていた。
どんなに守りを固めたくても、判断力をなるべく保つためには最低限の睡眠は欠かせない。やがて恐ろしい夜が訪れたが、見張りの交代の時間をできるだけ短くすることで仮眠をとる時間は何とか確保した。こんな状況では一睡もできるわけないと僕は思っていたが、うつらうつらとする程度には仮眠をとることができた。
サルジとの見張りの交代の時間が近づくと、僕は交代にはまだ少し早いと分かっていながらもテントから出てサルジの元へ向かった。
「サルジさん。少し早いですけど交代しましょう……サルジさん?」
テントの外に出て周りを見渡すが、サルジの姿が見当たらない。それどころか、レイの姿も見当たらなかった。
「レイさん! サルジさん! くそっ! 二人ともどうしちゃったんだよ…」
すると、近くの茂みの奥から足音のようなものが聞こえた。僕はギョッとして自分の武器である剣を両手で構えたが……
「ロイドさん! 大変です、サルジさんがどこにも見当たらないのです!」
姿を現したのはレイだった。警戒していた僕はホッとしかけたが、レイの話の内容ですぐにただらぬ事が起こったのだと察した。
「そんな…すぐこの近くで見張りをしていたはずなのに! レイさん、本当にどこにも居ないんですか?」
「あなたが起きるほんの少し前に、外があまりにも静かだったので妙に感じて安全を確認しようとしたんです。そしたらサウジさんの姿が見当たらないので、キャンプの近くを注意深く見回ったのですがそれでも見当たらなくて……」
レイは動揺しているようで、いつものような冷静な口調は失われ慌てた様子で僕に説明した。とにかく、サルジの身に危険が及んでいる可能性が高い。一刻も早く彼を探し出さなければ。
僕とレイは自分の武器を持ち、互いから離れすぎないように注意しながら辺りを探し回った。雑草や枯れ木の葉や枝に覆われた地面からは、はっきりとした足跡を探すことが難しく僕達は途方に暮れた。
キャンプの周囲には何もないと判断し、次に僕達は史跡を探し回った。手がかりがないまま時間だけが経ち、朝焼けで段々と空が白んでゆく。一体サルジの身に何があったのだろう。僕は最悪の展開をわざと考えないようにしながら懸命に辺りを探し回った。
「ロイドさん! こちらの道から微かに足跡が続いています!」
レイの示した方を見ると、確かに比較的小さめな足跡が断続的に道の先の建物の裏まで続いている。恐らく小柄な体型のサルジのものだろう。
僕とレイはそれぞれ剣を構え慎重に建物の裏に近づいた。