嘘だらけの彼らの想いは交錯し、クライマックスを迎える
「アキラはすごいねぇ。」
「まぁ、そんなに頭が良くなくてもアキラが笑って過ごせればそれでいいんだけどな。ほんとに誰に似たんだろうな。」
小さな笑いが起こる。
世界で1番安心できた声。
世界で唯一信じられた声。
それが聞けるというのはどれだけ幸せなことだろう。
この幸せが永遠に続けばいいのに………。
そんなことを失ってから初めて大切さに気づいた俺は、とんでもなく馬鹿で傲慢なのだろう。
「今日からアキラくんにお世話になる***だよ。君の能力を精一杯活かして、活躍してくれると嬉しい。」
知らない人。
知らない声。
「ここはどこ?お父さんとお母さんは?」
自分でも無意識に言葉が出ていた。
もう分かりきっているはずなのに。
そんな答え、聞く必要もない。
「ここは君の新しい家。
家族は遠い場所へ行ってしまったんだ。」
何故だろう?
分かっていたことなのに…。
自分のいる場所が家ではなくて、隣にいるのが家族じゃない。
そんなの馬鹿でも分かる。
なのに…………………、
涙が一粒、頬を伝った。
初めての涙の味は苦かった。
「素晴らしいです、教授。
この子の力を借りればノーベル賞は確実です。」
『自分が我慢すれば両親に会える。』
そんなあるはずもない甘い期待をしているのだと気づけていたら、どれだけ良かったろう。
『家族のためなんだから仕方がない……。』
俺はこの日人生で初めて自分に嘘をついた。
そしてその後、ある1人の著名な研究者からその研究は人類の大きな進歩だと称賛され、その教授はノーベル賞を獲った。
アキラは親元へは返されず、祖父母に預けられた。
人はいつだって他人のためではなく自分のためにもがくものだ。
もちろん自分だって例外ではない。
家族を助けたくて研究を手伝っていたのではない。
家族は自分と会いたいのか分からないのに………。
自分を迎えに来ないのはそういうことなのだから。
そんな風に思う自分が1番………………………
―――そんな自分が1番最低で最悪で
【偽善者】なのだ。―――
そしてアキラは今地元の高校2年生として、当時のことは隠して学校生活を送っている。
「おはよっ!アキラっ!」雑音が迫ってくる。
でも少し懐かしい声で背中に鋭い痛みが走る。
「おいっ!聖大!加減っていうもん知らないの?」
少し考え込み、「ねぇ、今週末海行かない?来週から水泳始まるしいいじゃん?ねっ?」
無視されたことに腹は立つが、会話が成り立たないのはいつものことである。
「海?お前かわいい人見つけてナンパするだけだろ?その下心少しは隠す努力をしろ!」
また、建前の理由を作るのもいつものことである。
「ありがと。アキラはオッケーっと……」
こうして俺の騒がしい1日は始まる。
それは少し煩わしい、いつもの日常なのだ。
そして、約束の週末。
「海だぁーーーー!」
『出ましたー!
海行くと1人はいる、いかにもリア充感出すやつ。
俺の嫌いなベスト3
1、リア充 2、リア充 3、リア充
まさかこんなに俺の近くに憎むべき者がいたとは。』
「やめろっ、そのいかにも青春してます感。恥ずかしいだろ。」
「アキラにはないわけ?胸が熱くなる高揚感とか。まぁ、俺の泳ぎのスーパーテク見たら、そうせずにはいられないだろうけど……」
「冗談は半分はネジ飛んでるお前の頭だけにしてくれ。あとお前たいして泳げてない。上手そうなのはその野球部で鍛えて焼けた体だけだろ。」
「えぇっ!?焼けてる人ってモテるだろ?そのために野球部入ったんだから、じゃなくてもちろん俺の勇姿を女の子に見てもらうため、でもなくて…」
「あぁ、もうそれ以上は言わなくていい。」
『日本中の野球部の皆さんごめんなさい。この馬鹿に代わり、謝らせていただきます。………この想い誰かに届け。』
「おぉっ!かわいい子見つけた!早速俺のプロ級の泳ぎ教えに行ってくるぜ。」
『早いなー。』
まるで○○チュウの電光石火のようである。
「あぁ、おっけ。終わったら連絡してくれ。いってらっしゃ……。」
もうそこには騒がしい奴はいなくなり自分の声だけが何度も心の中でリピートされる。
「俺も誰もいないとこ行って泳ぐか。」
1人が1番。
ずっとそう思い続けてきた。
もちろん現在進行形で。
強がりだろうか。
いや、そんなはずはない。
今までもそうしてきたのだから。
そんなことを泳ぐこともなく考える。
そのとき、ふと足に違和感を感じ、確認する暇もなく、足が引っ張られ、体が流される。
「なんっ…だこれっ…りがん……りゅ…う!?」
どんどん流されていく。
アキラはこんなときに、いや、こんなときだからこそ頭をフル回転させ、冷静に考える。
『力を抜いて、波が収まるのを待つか?
待っていたらいつになるか分からない。
聖大を呼ぶ?
声は届かない。
ならどうする?』
考えれば、時間は過ぎ、自分の死は近づく。
『暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い………………………………』
『苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい……………………………』
『考えて、助かったとして、その後自分はどうするのだろう?
何もすることなんてないのに。
なら諦めてしまえばいい。
こんな世界とうの昔に見限っているのだから。』
さらに体は沈む。
『なぜこんなときに限って聖大の顔なんて思い出すんだろう?』
今さら死ぬことにすくんでいるのだろうか。
今までも死んでいるのと同じような人生だったのに。
未だに恐怖を感じている自分に燃えるような怒りとこみ上げてくる笑いに支配される。
そして、
『次の人生生まれ変われるなら自分に正直に生きてみたい………………………………………………。』
2度目の涙が頬を伝った。
それは涙と思えないほどしょっぱかった。
誰かがこっちへ向かってくる。
幻だろうか?
天使が俺を引っ張り、明るい世界へと連れて行く。
「ねぇっ、………………。」
「君、だい………ぶ?」
「おいっ、大丈夫か!」
光が眩しい。
しかし、そんなこと気にならないくらい彼女を見た衝撃は大きかった。
透き通るような白髪に、
涙目だが、何をも貫くような黒い瞳。
加えて、つつましい胸…………………。
「良かった、目が覚めた。」
とっさのことで、上手く反応できない。
「あぁ、助けてくれてありがとう……。」
そうすると彼女は何故か困った顔をしている。
そして、口を開くと、
「どうして安堵でも喜びでもなく、悲しい顔をしているんだ?まるで死にたかったような…。」
一瞬固まってしまった。
でも図星をつかれた、のとは少し違う。
彼女が言ったのは言葉でしかない。
しかし、されど言葉であると思い知らされた。
自分らしくもなく、そんな風に思ってしまった。
こうして、俺の凍っていた時計はゆっくりと解かされ、今、動き出したのだ。