愚か者はコーヒーの夢を見る
コーヒーを片手に、想像を豊かにご覧ください。
薄暗い個室。ピンクの灯りが僕と彼女を照らす。敷かれた毛布の上でお互いが生まれたままの姿になりながら混じり合う。
コーヒーの匂いがする。
そんなことを考えていたら僕は果ててしまった。
「お疲れ様!いっぱい出たね!」
「あ、あぁありがとうございました」
そう言葉にすると着替える彼女を横目にパンツを履く。
ちらりと彼女の胸がブラジャーからちらりと覗く。彼女の放漫な胸を隠すブラジャー気づかれないようチラ見しながら着替えていく。
「ありがとうね!また来てね!」
「...はい」
見送る彼女を背に、僕は歩き出す。
たった今使い果たした1万があればどんなに贅沢ができたか。そんな考えが頭に浮かんできたが、急いで頭から振り解く。
これでいいのだ。
僕は彼女が好きなのだ。嬢としてではなく、1人の女性として。
しかしながら僕にはそれを伝える勇気がない。
素直に言葉にできない。あなたに嫌われたくなくて。
そんなことを考える自分にどこか嫌気を覚えながら改札を通り、5分後の電車を待つ。
これから7駅通過しないと行けないと思うと気疲れしてくる。
「のど、乾いたな...」
夏場に行為をしたからであろう喉の渇きが僕を襲ってくる。
ポケットの小銭を素早く駅構内にある自販機に投入するとそこで手が止まる。
ここで自分が何を買おうか考えていなかったことに気がつく。
無難に喉越しを考えコーラか、いや安定のお茶か...。
そう考えてると右下に一つ、この時期に場違いな、あったか〜いのボタンがあった。
缶コーヒーだった。なんの変哲もない120円の缶コーヒー。
気がつくと僕は缶コーヒーを買っていた。
いくらなんでも夏に熱い缶コーヒーは馬鹿げていた。そう思ったが喉を通すと何故か飲むのをやめられなかった。
ちょうど飲み干したときに電車が来た。
僕は缶を自販機の横のゴミ箱に捨てるか少し迷ってから、鞄にしまって電車に乗り込んだ。
誰もいない家に帰り、鞄をベッドに投げ捨てるとソファーにどしりと座る。疲れた体をソファーが優しく包み込む。
そしていつものように"行為"を思い出すのだ。
コーヒーの匂いを纏わせながらシャワーを浴びる。彼女の残された唾液が排水溝へと流れていく。それと同時に口内に残ったコーヒーの風味も流し切る。
そして体を洗い終わると体を拭き、下着を履くとベッドに飛び込む。
「あぁぁ...」
仰向きになるとベッドの上に大の字に広がる。そして鞄からからの缶コーヒーを取り出し、一滴残らず飲み干してあることを確認し
て、枕元に置く。
腹の中のコーヒーがどうも落ち着かせてくれない。コーヒーを飲んだあと必ず気持ちが悪くなるということを知っていたのにわざわざ買ってしまったことに対して今更後悔の念が押しあがってくる。だがそんなことをしてもしょうがないと割り切ってなんとか、僕は眠りについた。
次の日も僕は彼女の店へと足を運んだ。
今日は週3で行く中での特別な日。
彼女とのお話の日だ。
30分5000円だ。普通の人なら高いと思うかもしれないが、親から金をもらっている僕には関係ない。
入場料を払い中に入る。
そして指名料とコース料金を支払う。
「今日も来てくれたんだー!うれしー!」
彼女はそう言い、いつもと変わらない笑顔で笑う。そう、いつもと何も変わらない。
薄暗い部屋の中彼女と2人っきり。これほど至福の一時という言葉が似合う時間はそうはあるまい。
「わざわざ来てるのにしてかなくっていいの?」
「いいんだよ。僕は君とこうしていられるだけで幸せなんだ」
「わぁー!うれしいー!」
彼女が僕に向かって微笑みかける。顔が近い。コーヒーの匂いが流れてくる。
幸せな時間だ。
「ねー!ねー!どんなお仕事してるの」
ボーとしていたらとんでもない質問が来た。これはまずい。僕は今働いてない。俗に言われるニートと呼ばれるものだ。だが僕は奴らと一緒ではない。なんせこの娘がいるからだ。
「どうしたの?」
いけない。また1人の世界に篭ってたみたいだ。ここはとりあえず。
「詳しくは言えないけどパソコン関係だよ」
「えー!すごーい!」
嘘は言っていない。日頃からパソコンを触っているのだ。実際そういう仕事に着く予定だったのだ。
そんなこんなを話しているとタイマーが鳴った。退出5分前だ。
僕は他の人たちと違う。彼女の休憩の時間を取らせてあげるのだ。
そうしてその日も店を出たあと缶コーヒーを買い、帰路についた。
翌週、いつものように店に行ったらあの娘はいなかった。手持ち無沙汰になったので仕方なく別の嬢を呼んだ。少しやつれたような目にクマのある少し不健康そうな嬢が来た。正直する気になれなかったのであの娘のことを聞いてみた。
「あぁ、あの子ネ。あの子妊娠してんのがばれちゃって辞めさせられたわヨ。客と本番してたみたいだしネ」
衝撃だった。妊娠。にんしん。考えてもいなかったことだった。そして本番をした客が自分以外だったのが意外だった。納得できなかった。
「ほらあの子なまじかわいかったでしょ?あれで変な客がついたみたいでサ。よく私に愚痴ってたもん。行為もせずに馴れ馴れしくする客がいるって。不気味だって。まるで恋人かのように接してくる"気持ち悪い"のがいるって。どーもそこを悪い男につけ込まれちゃったみたいでネ。ドンドン依存してっちゃったみたいヨ?」
言葉が出なかった。彼女がそんなことになっていたなんて。彼女にそんな客がついていたなんて初めて知った。
悔しかった。自分が何もできなかったことに。
悔しかった。自分が何も知らなかったことに。
どうにか自分が手助けできることはないか?
そんなことを嬢に訊ねんとすると
「やめときナ。どうもお相手さんがヤバイらしくてねぇ。あんまり触れんほうがいいヨ。自分の身が大事ならネ」
と言った。
僕途中退場を申し出て帰路についた。
途中自販機でいつも買っていたコーヒーを買おうかどうか迷ったが、やめた。
一週間後に冷たいコーヒを買って飲んだがただのコーヒーであった。