どっちが本物?
一話
「お兄ちゃん、いつまで寝んの? 起きて!」
目が覚めたら、見慣れた俺の部屋ではなく、薄暗い洞窟の中にいた。身を起こすと頭が痛くなって、また地面に寝転がった。
「悪い夢から覚めますように」
「夢じゃないよ、二度寝だめぇぇぇ!」
再び目を開けると、恐る恐る周りを見て、微妙なことに気づいた。
「ね、本当に夢じゃないならさ、この洞窟はともかくとして、何で妹が増えた?」
そう、俺の周りに、なんと、一人しかいないはずの俺の妹が二人もいた。頭の痛みは今どうでもいい。なぜ洞窟なんてに目覚めたかはどうにか理屈的に説明がつくだろうけど、こればかりは何とも言えない。なんで俺の妹が増えた?!
「お兄ちゃん、聞いて、私が本物だよ!」
「その偽物を信じないで! きっと化け物か何かよ!」
「私が本物よ!」
「いや、私!」
妹たちが俺の手足を取り、まるで俺を真っ二つに分けようとして強く引っ張た。
「いたいたいた、痛いよ! 落ち着いて!」
[[あ、ごめん!]]
そう言って、ゆっくり俺を地面に戻す。
「おかしい過ぎて、頭が回る。やっぱ、寝るわ」
[[寝ちゃだめぇぇぇぇ]]
***
ちょっと時間をさかのぼる。
俺は山田ハルキ、どこでもいる普通の高校生だ。陳腐っていえば陳腐だけど、誰でもそうじゃないか? だから陳腐じゃないか? そんな陳腐で普通な俺が妹と一緒に学校に通う中、その時だった。何かに取り憑かれたのように、妹が俺から離れて道路の真ん中に出た。
「千花、何してる? 危ないぞ」
「誰かが呼んでいるの」
「そう、お兄ちゃんが呼んでいるよ。馬鹿な真似しないで、車が来る前に歩道に戻って」
「なんて苦しそうな声。大丈夫ですか? 痛いですか?」
「うん、痛いよ、いろんな意味で」
千花もその年ごろかな。アニメ好きとは分かったが、やっと中二病に進化したか。俺にもあったな、その黒歴史。お兄ちゃんとして見守るしかない。
「おい、聞いている? 朝っぱらから勘弁してよ。放課後からその悪い組織とか何とかを遣っ付けるからさ」
「大丈夫、今すぐ来るから、待ってください」
無視かよ。中二病って大変だよね。俺もそうだったと思うと母さんに謝りたくなる。土下座で『この痛々しい息子を見捨てないでくれてありがとう』って言いたくなる。そう思うと遠くからトラックが見えた。
「おい千花、トラックが来るぞ。異世界に転生したくなければ、こっち来て」
でも、ちっとも動かずに、千花は真っすぐを見て穏やかな笑顔を浮かべた。
「もう一人じゃないから、泣かないで。私がいるから」
気づくのが遅いけど、あの時、俺の妹はちゃんと何かと話していたのだろう。俺の言うことを一切聞かずに、あの何かを慰めようとした。あの時の俺にはそんなに深く考える時間もなかったせいで、一切考えずに千花を助けようとトラックの前に飛び出した。それで妹を抱えたまま死んでい、
「ない? 死んでいないよね?」
生命チェック! 意識良し! 心拍良し! 呼吸良し!
「間に合った! 死んでいないぞ!」
安心したため息を吐いて、体の震えを止めた。
「お兄ちゃん、何で白昼堂々と私を押さえているのか聞いてもいい?」
千花が照れながらそう言った。
「こういうことは帰ってから、いくらでもするから」
えぇぇぇぇ? そっちが不満なのか?
突然、千花の顔が不安になり指で空を指した。
「千花、大丈夫か?」
「お兄ちゃん、上」
「上?」
頭を上げたその瞬間、俺は思った。なんて理不尽な世界なのだろう。
「何で空からピアノが?!?!」
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ああああぁぁぁぁ!」
即死だった。
***
「私が本物だよ」
「いや、私!」
「お兄ちゃんは信じているよね、感じているよね、私が本物だって」
「頭が痛いから、ちょっと黙って!」
頭を抱えてそう叫んだ。
落ち着いて俺。どうやらこれは現実みたいだ。そうしたら、この二人の中には本物の妹がいる。多分、俺以上に混乱と恐怖を抱いているのだろう。しっかりしなきゃ。
「とりあえず、こうしよう。俺の妹しか知れないことを言ってみて。それで誰が本物か誰が偽物かは分かるんじゃないか?」
二人の顔が明るくなって、勝ち誇った笑顔を浮かべた。
「じゃ、私からね。お兄ちゃんのことなら何でも知ってる! 中二病だった時、ドラゴンエンペラーと名乗って、飛べると確信して、ベランダから飛び出したことがあった。それで腕両腕を折れたから、私が看病した。どう?」
痛い!
「なんだそれは、そのくらい誰でも知ってる!」
妹2号が腕を組んで、にゃっとした顔でそう言った。
「誰でもしているとはどんな意味?! そんなに知られたか?!」
「みんな知ってるよ? ひょとして暗い過去の秘密だと思った?」
「思ったよ! 普通!」
穴に入りたい!
「まあ、そんな誰でも知ってることではなくて、もっとこう、そう! お兄ちゃんが中学生の時に書いたノートの内容とか」
俺の心臓が止まった。
「それ、読んだの?」
妹1号と2号が照れながらそっぽ向いた。
「お兄ちゃんが私の洗濯をする時にそういうこと考えたなって、正直、ちょっと嬉しかったね」
「私がソファーで寝ていた時、そういうことをしたくなったね。それから毎日ソファーに寝たフリをしたけど、お兄ちゃんが何もしてけれないんだもん」
死にたい! 待って、喜んでない? そんなことを読んで、喜んでいる? ちょっと嬉しいけど、やっぱ死にたい!
「ていうか、どっちも知ってるじゃん?! 俺の黒歴史!解決にならねーじゃねーか?!」