(3)
昼休み終了5分前の予鈴が鳴り響いた。
始業式に出席番号順に振り分けられて以来席替えを行っていないこのクラス。自身に割り当てられた最前列の席に着き次の授業で使用する教科書を出していた萌の視界が僅かに暗くなった。尋常じゃない気配に顔を上げると、何故か目の前で輪花が仁王立ちしていた。
目が合っても無言のまま、ただ不機嫌そうに自分を見下ろしている。
気づいたクラスメート達は、姫の挙動不審な行動に何事かと息を潜めて成り行きを見守っていた。空気の異変の原因に気づいた由真は萌の元へ駆け寄ろうとしたが祐美に肩を叩かれ足を止めていた。
萌の斜め後ろの席に腰を下ろしていた修二も苦笑しつつ状況を見守っている。この場に居て彼だけが輪花の一見不機嫌な表情の――その真意を読み取っていた。
ざわめきが徐々に引いて――やがて、しんと静まり返った。
誰一人として動きを止めてしまった室内を、無遠慮にすたすたと横断する人物が一人。ジト目で輪花の姿を眺めつつ純平が自分の席――萌の隣席に腰を下ろすと、それが合図となったのか、輪花の喉がコクリと鳴った。
「…………天沢さん」
「何? 輪花ちゃん」
重苦しい沈黙の中、当事者である二人のトーンだけが普段と変わらぬ音で響く。
次の瞬間、輪花は後ろ手に隠し持っていた弁当箱の蓋を萌の目前に突きつけた。
目を丸くしていきなり視界に飛び込んできた物体を把握しようとする萌。それを待たずに輪花は突き放すような口調で告げる。
「――今後、食べ物を持参する時は洗わなくてもいい容器に入れてくることね。
水だけじゃ完全には落とせないんだから……不衛生でしょう」
さも迷惑だと言わんばかりにそう口にすると、輪花は何事もなかったかのようにスッと萌の視界から立ち去った。
「えっと……」
残された萌は懸命に状況を理解しようと努める。
受け取った弁当箱の蓋は……成る程。丁寧に洗われたらしく、こびり付いていたであろう汚れが見当たらない。どころか、綺麗に拭かれて水気すら無い。
そして先程の言葉。
――今後、食べ物を持参する時は……
つまりは。
自分が容器に気をつけさえすれば、また作ってきた時、彼女は食べてくれるという事だろうか。
……わたしが作ったものでも?
「………………」
律儀に洗われた弁当箱の蓋をもう一度視界に入れる。
これはつまり。彼女は、
自分の事を嫌っている訳ではないのだろうか。
今まで拒否してきたのは、ただ単に……不衛生なのが、嫌だっただけ?
萌がぐるぐると考えを巡らせている間、輪花は萌の後ろの席に腰を下ろして憮然とした表情で教科書を眺めていた。
よく見れば、彼女の耳は何故か赤い。
その隣で修二が、顔を背けて僅かに肩を揺すっている。
「……輪花ちゃん!」
ぐるりと後ろを振り返った萌に、輪花はびくっと細い肩を鳴らした。
「な、なによ突然……」
仰け反っていた輪花に、構わず萌は声を上げた。
「明日! 何がいい!?」
「はぁ……?」
「お昼、明日は一緒に食べようよっ わたし輪花ちゃんの好きな物作ってくるから楽しみにしててね!」
「……って、ちょっと待ちなさい。なんでいきなりそうなるのよ」
「? だって輪花ちゃんさっき食べてくれるって……」
「言ってないわよそんな事!!」
……だから、それが天沢なんだって。
ジト目でその光景を眺めていた純平は頬杖を付きながら深々と溜息をつく。
やがてクラス中の視線が自分達に注がれている事に気づいた輪花は、殺人級の超音波――もとい、甲高い声で「なに見てるのよ!!」と喚く。その取り乱しぶりにたまらず修二は大笑いした。
かくして、この日を境にさらにはりきるようになった天沢萌の広げる弁当は一段と奇抜さを増すのだった。




